すべての人が、皆が皆生涯を終えるまでにだいそれたことが
できるわけじゃないんだよ
だから、いつまで経っても夢を追いかけることはできないんだよ
寝る間も惜しんで、頑張って、このまま好きなことを続けたくて
両親に思いを伝えたらそう言われた
才能がなかったんだ
そう気づけたのは、結局諦めて普通に大学に行って、就活して、
仕事を始めて、好きだったことを主観ではなく客観で見れたときだった
それからは、好きなことは手に付かず、
ずっと仕事のことを考えて、仕事に打ち込んだ
仕事に慣れて、1人である程度できるようになった頃
同じように夢を追っていた友人から合コンの誘いがあった
友人は金銭的に苦しいながらも、前と変わらず陽気なやつだった
断ろうとも思ったが、久々に話したいと思った
そこで僕はあやさんに出会った
あやさんは友人の知り合いで
落ち着いた雰囲気の女性だった
長居する気は無かったので、2次会に移る前に
友人に挨拶だけして帰ろうとしたら、
あやさんも帰るようで、途中まで一緒になった
当たり障りない話をしていたら、趣味の話になった
あやさんは今も僕が熱中していたことを休みの日にやっているらしい
苦戦はしているが、段々と上達していくのが楽しいと言っていた
あやさんがあまりに楽しそうで、酒が回りだしたせいか
僕もやっていたとあやさんに伝えた
あやさんは目をキラキラと輝かせて、練習に誘ってくれた
でも、僕は才能が無いから
そう断ると、あやさんは目を丸くして
どうしてそんな事言うんですか?好きならやったって良いんですよ?
と、やけにハッキリと言った
正直面食らってしまった
それから、才能がないなら続けたって意味がないと、
僕は、あのときの両親と同じような考えになってしまったんだと
気づいてしまった
ぼーっとする僕を真正面からあやさんは見つめて
あなたがやってきたこと、好きだったことを
あなたが否定してどうするんですか?
今のあなたは、過去のあなたがいて成り立っているものでしょう?
僕のことなのに、あやさんはじわじわと涙を浮かべながら怒っていた
初めて、僕のしてきたことが心から肯定されたような気がして
僕の視界をぼやけてきた
これはきっと酔いのせいでは無い
僕は久々に、過去の僕の方を見ることができた気がする
メジャーデビューしたりしてないけど、死ぬまで好きなことやりてぇなって
今、思えてるぞって
過去の僕は、きっと苦虫を噛み潰したような顔するだろうが、
まぁ、いっか!って言ってチューニングを始めると思う
明確にいつそうなってしまったのか ずいぶんと前から?
思い出すことができないけれど、私にとってそんな存在は確かにいて
母のことがどうしても好きにも嫌いにもなれない
正確にいうなら、好きな時期も嫌いな時期もあったけれど、
今、好きでも嫌いでもない存在になってしまった
同じ空間にいると、息が詰まるような
あの人と出かけるなんて想像できないような
そんな存在
馬が合わないんだ 根本的な価値観が違うんだ
血は繋がっているけれど、他人なんだ
叩かれたりしたことないし、ごく普通の家庭だったと思うけど
あの人の投げかける言葉をうまく飲み込めなかった
受け付けられなかった
直接会話すると自然と涙が出るようになってしまったから
やり取りは基本メッセージアプリに頼ってるし、
家を出たり、電話を変えたら連絡はあんまり取りたくないなって
友人はおもしろいねと言った
何時か考えが変わるとか、仲良くしなきゃとか、
恋愛もそうだけど、そう言ってくる人は一定数いて
そういう話じゃないんだよなって、思いつつ
愛想よくしておく
ひとひらって何?
人が平べったいってこと?
な訳ないか。
花びらとかの数え方的な?
ってことは花占いってこと?
花占いってさ、結局花びらの枚数で結果が決まるじゃん。
だから、つまんないってことは無いんだけど、
こんなこと考えるなんて大人になったんだなーって。
ねぇ、花占いしようよ。
お互いこの年まで相手がいなかったら、
なんて言ったこともあるけど、
今どう思ってるかは分かんないし。
お互いに花買ってさ、
交換して、占おう?
それでさ、
おんなじ結果になったら、
そういうことで
君に初めて会ったのは、君がとっても小さくて、
おとうさんやおかあさんに大事に抱えられて、
どこかからやってきた時だったね。
最初はよく分からなかったけど、
おとうさんから、おまえはお兄ちゃんになったんだぞって言われて、
おかあさんから、この子のこと守ってあげてねって言われて、
お兄ちゃんってなんかカッコいいから頑張ろうって思ったんだ!
君はよく僕の耳をつかんで遊んでたね。
目がキラキラしてたから、悪い気はしなかったよ。
君が歩けるようになってからは、君ともさんぽをするようになったね。
君がコケてしまわないか、おとうさんと一緒にヒヤヒヤしてたよ。
君が学校に行くようになってから、
ずっと一緒にいる事はできなくなってしまったけど、
君が何かにぶつかって、悩んでしまったり、泣いてしまったときは
すぐ飛んでいけるように耳を澄ませていたよ。
君はドンドン大きくなって僕を抱っこできるようになったね。
それでも、僕は君のお兄ちゃんだからね!
ただ、最近。
耳が聞こえにくい気がするし、すぐ疲れちゃうんだ。
君も僕を見てると悲しい顔をしてるし。
僕は、君に直接話せないけど、
でも、大丈夫だよ!
僕は君のお兄ちゃんなんだから、
身体が動かなくなっても、
耳が聞こえなくても、
空に昇っても、
ずっと君と一緒にいるよ
だから、泣かないで。
はじめまして!
私はあなたの身の回りのサポートをするお手伝いのようなものです!
なにか不便があったら気軽に言ってください。
私は、母へ笑顔でそう言う。
母は聡明な人だった。
物心ついた頃には、父が居なかった私に不自由をさせないために
1日中ずっと働いて、いつでも笑顔を絶やさない人だった。
私が働きはじめても、生きがいだと言って仕事をしていたが、
母の職場から連絡があった。
最近物忘れが激しいように感じると。
母も実感はしていて対策をしているが、改善しているようには思えない。
私からも説得をして、一度検診を受けてみてほしいと。
何もなければそれでいい。試しに行ってみよう。
そう言って、病院に行った。
先生から、年齢によるものである可能性よりも、疾患によるものである可能性が高いと言われた。
簡単な検診だったので、今後詳しく調べないといけないと。
結論から言えば、年齢による物忘れではなかったのだ。
それからは、進行をできるだけ遅らせることしかできない治療をすることになり、母の希望で自宅療養を始めた。
実家に戻って、リモートでもできる職種に転職して、母との会話をたくさん増やすようにした。
症状として、私のことを忘れてしまうことは知っていた。でも、実感はあまり湧いていなかった。
だから、母から誰?と言われたとき、顔が強張って何も言えなかった。
段々と、私を思い出せなくなってしまった母に、説明をして、思い出させる気力がなくなってしまった。
はじめましてって言えば、少しは楽になれるかなって。
昨日も、今日も、明日も、その先も、これからも母の側にいたいから。