かわのへ

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3/31/2025, 12:21:06 PM

「さっちゃん、明日の朝には引っ越すんだって。」

夕飯を食べながら、母さんは世間話として私に言った。
私は、注いでいた麦茶をコップから溢れさせながら
「知らない。」
と答えた。
パジャマは濡れてしまったし、夕飯も食べかけだったけれど、
つめたさも味も何も感じられなかった。


さっちゃんは、生まれた頃からずっと一緒のお隣さんで、
幼稚園も、小学校もおんなじで、中学校もきっと一緒だと思ってた。

毎日一緒に登下校して、遊びに行ってたのに、
そんな素振りいっかいも見せてくれなかった。

今からピンポンする?おばさんやおじさんにメイワクか。
なんで教えてくれなかったの?嫌いになっちゃったのかな。

いろんな考えが頭の中をぐるぐる回って、
宿題もする気が起きないや。

ぼーっとなんとなく伸びをしていると、
視界の端で、窓の向こうがチカチカと光った。

「なっちゃん、お話しよ。」

窓を開けると、同じように窓を開けてニコニコしてるさっちゃんがいた。
手には懐中電灯をもっている。
お互い何か話したくなったときは、懐中電灯で知らせようって決めてたのだ。


「なっちゃん?」
中々話さない私をさっちゃんは不思議そうに見ている。

「 さっちゃん、引っ越すの?」


「うん」
「なんで、秘密にしてたの」

「だって、」
そう言って、さっちゃんは泣きそうな顔をする。私だって泣きたいのに

「私のこと嫌いになっ」
「違うよ!違うの。」

「だって、ものすごく遠いところに引っ越すんだもん。」

「いつもみたいに会えなくなるから。」
さっちゃんは俯いて、黙ってしまった。

「私、手紙書くよ。」

「いつもみたいに会えなくても、絶対会いに行くから。」

「だから、さっちゃん。大丈夫だよ。」

「明日見送るから。おやすみ。」

まだ薄暗くて肌寒い朝、さっちゃんはさっちゃんの両親と一緒に
家の前に出ていた。
私の両親はさっちゃんの両親と何か話しをしていた。

私は、何も言わないさっちゃんにレターセットと、メモを渡す。

「これで手紙書いて。知ってるかもしれないけど、うちの住所。」

「昨日も言ったけど、どんなに遠くても、会いに行くから。」

「夏休みとか、絶対に!」

一息にまくし立てた私の顔とレターセットを交互に見たさっちゃんは
じわじわと涙を浮かべながら、

「わかった。」


「またね!なっちゃん。」
と、言ってくれた。

3/29/2025, 12:45:08 PM

感動ではちっとも涙は出なくて。
悔しさや悲しさでは抑えたくても溢れる涙。

私は、人の気持ちがわからないのでしょうか?

そんなこと、ないんじゃない。

だって国語の成績良いじゃない。

作者や主人公たちの気持ちを汲み取れてるじゃない。

ただ、私を俯瞰で見ている私が、感情に蓋をしてるんだよ。
それが嫌?

でも、ずっとそうやって生きてきたんだから、これからどうこう
できるものでもなくない?

涙は弱さみたいなもんなんだから、見せないに越したことないよ。

俯瞰してる私はいつでも私をそう諭して蓋をする。

感情を無闇に詳らかにするのは、人のすることじゃないって。

人間は理性的じゃなきゃって。

私自身が頭のどこか片隅で、考えているから。

3/28/2025, 5:00:01 PM

「だれのおはか?」


「お兄ちゃんのお墓だよ。」

大きな供花を抱えたむすめが不思議そうに墓石をのぞき込む。
今日は、話すこともまともに会うことすらもできなかった息子の七回忌だ。

私の身体は、中々恵まれていなくて、何年も治療をして、
息子がやっと来てくれて。
小さい頃から子供が好きで、結婚したら絶対に赤ちゃんが欲しいって
思っていて。
順調にすくすく育ってくれて、もうすぐ会えるって。
名前も服もおもちゃも、たくさん準備して。

予定日の前日。少し早く陣痛が始まって、

私は産声も聞くことなく、呆然とじんわりと温かい息子を抱いた。


実をいうと、今回初めてお墓参りに来ることができた。
この時期になると、どうしてもあの時のことを思い出して。
辛くなってしまうから。

視界がぼやけてしまう前に、掃除をして、花と線香を供える。

むすめは私のそばで何も言わずじっとお墓を見ている。


むすめは、実の娘ではない。

私の身体は、息子の一件から子どもを授かることができなくなってしまって。
むすめは、実母の年齢などが理由で私たち夫婦の子どもになった。

血が繋がっていないからって、どうということはないのだけれど、
この子が、この事実を知るまで、望むなら知ってからも、
家族として過ごせるように。

この子の成長を見逃さないように。

まだ、ふくふくとした手をやさしく包み、

「夕飯どうする?」

あと何回、この子に聞けるだろうか。

3/25/2025, 2:39:46 PM

私は、ひどい事故にあったらしい。
何年も眠ったまま、最近意識が戻ってきたようで。
目の前には、やつれた顔の男性がいた。
私と目が合った彼は、嬉しいような悲しいようなよく分からない
表情をして、
「おはよう」
と言った。
なんだかとても、懐かしくて、
彼に何か言ってあげたかったけれど、
声が喉に張り付いて出てきてくれなかったので、
彼への返答は微かな音だった。


それから、しばらくは病院で過ごして
彼は、少しずつ話をした。

彼と私は夫婦だったらしくて、
幼なじみで、ずっと一緒にいたみたいで。

ちっとも実感は湧かないけれど、
確かに互いの手元には指輪があるし、
懐かしさもやっぱり感じる、気がする。

すぐには、難しいだろうが、また
以前のように過ごせるだろうか。


無事に退院できてから、
彼は、よく
「前は、こんなこと言わなかった。」
とか、しなかったとか。
言われてしまうことが増えた。

記憶がなくなってしまったことで、立ちふるまいも
変わってしまったようで。

私は、事故の後遺症で足がうまく動かせなくなってしまって、
そのことでも、彼に負担をかけているのに。

そんな焦りから私は、
彼の書斎で、日記を見た。


端的に言ってしまえば、私は本当の私ではないらしい。

彼と夫婦だった私は十数年前の事故により還らぬ人になった。
彼は、この事実が受け入れられず、オカルトにのめり込んで、

私を創り出した。

厳密にいうと、私は夫婦だった私から数えて4人目の私らしい。
外見はそっくりそのままでも、中身は不十分にできてしまうようで、
私は、下半身不随で記憶が何一つない私らしい。

彼にとって、私は私ではなくて、
また、きっと、彼はやり直すために私をバラすだろう。

私にそれを拒否する権利なんて無いけれど、
私も、彼と少しでも幸せな時間を過ごしたかった。気がする。

3/17/2025, 6:03:49 AM

今日も来たよ
最近は段々と暖かくなってきたから、散歩するのが楽しいんだ。
桜もそろそろ咲く頃だよね。
料理、できるようになったんだよ。
だから、お弁当でも作って、一緒に行きたいな。

なんて。

今日は花、買ってきたんだ。
ハニーサックルって言うんだって。
甘くていい匂いがするよ。
強い匂いじゃないから、君も好きだと思う。

僕はさ、記念日とか特別な日はベタだけど、花を贈りたくて、
この匂いを嗅いだときに、思い出してくれたらなって。

でも、君がさ強い匂いは苦手なんて言うもんだから。
あの時、めちゃくちゃ困ったなー。

本当は、もっと君の好きな花が何なのか知りたいんだ。
僕の声が君に届いてるのか分からないけど、お医者さんは話しかけたり、
花を飾ったりしてくださいって。

君が嫌な気待ちで起きないといいな。


なんで、
飛び出しちゃったんだよ。
僕は、君が守れるならどうなっても良かったのに。


なんで

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