「さっちゃん、明日の朝には引っ越すんだって。」
夕飯を食べながら、母さんは世間話として私に言った。
私は、注いでいた麦茶をコップから溢れさせながら
「知らない。」
と答えた。
パジャマは濡れてしまったし、夕飯も食べかけだったけれど、
つめたさも味も何も感じられなかった。
さっちゃんは、生まれた頃からずっと一緒のお隣さんで、
幼稚園も、小学校もおんなじで、中学校もきっと一緒だと思ってた。
毎日一緒に登下校して、遊びに行ってたのに、
そんな素振りいっかいも見せてくれなかった。
今からピンポンする?おばさんやおじさんにメイワクか。
なんで教えてくれなかったの?嫌いになっちゃったのかな。
いろんな考えが頭の中をぐるぐる回って、
宿題もする気が起きないや。
ぼーっとなんとなく伸びをしていると、
視界の端で、窓の向こうがチカチカと光った。
「なっちゃん、お話しよ。」
窓を開けると、同じように窓を開けてニコニコしてるさっちゃんがいた。
手には懐中電灯をもっている。
お互い何か話したくなったときは、懐中電灯で知らせようって決めてたのだ。
「なっちゃん?」
中々話さない私をさっちゃんは不思議そうに見ている。
「 さっちゃん、引っ越すの?」
「うん」
「なんで、秘密にしてたの」
「だって、」
そう言って、さっちゃんは泣きそうな顔をする。私だって泣きたいのに
「私のこと嫌いになっ」
「違うよ!違うの。」
「だって、ものすごく遠いところに引っ越すんだもん。」
「いつもみたいに会えなくなるから。」
さっちゃんは俯いて、黙ってしまった。
「私、手紙書くよ。」
「いつもみたいに会えなくても、絶対会いに行くから。」
「だから、さっちゃん。大丈夫だよ。」
「明日見送るから。おやすみ。」
まだ薄暗くて肌寒い朝、さっちゃんはさっちゃんの両親と一緒に
家の前に出ていた。
私の両親はさっちゃんの両親と何か話しをしていた。
私は、何も言わないさっちゃんにレターセットと、メモを渡す。
「これで手紙書いて。知ってるかもしれないけど、うちの住所。」
「昨日も言ったけど、どんなに遠くても、会いに行くから。」
「夏休みとか、絶対に!」
一息にまくし立てた私の顔とレターセットを交互に見たさっちゃんは
じわじわと涙を浮かべながら、
「わかった。」
「またね!なっちゃん。」
と、言ってくれた。
3/31/2025, 12:21:06 PM