本と読んでいると裾が控えめに引かれる
見れば、ノアがコチラをじっと見つめていた
何?と聞けば読ませていた絵本を指さす
ノアが指さしていたのは甘くてフワフワの
「ケーキだよ。甘くてフワフワしてるの。」
イメージが湧かないのか、キョトンとしている
この子は世界から隔絶されて人形のように着飾られていた
12歳くらいのはずだけれど、言葉と感情が上手く出せなくて
本当に人形のようで
何をしてもされるがままのこの子の頭を優しく撫でる
「今日、食べようか。」
そう言えば、少しだがノアの目がキラキラと輝く
この子が人間らしく生きていけるように
私は答え続けていきたい
愛は終わりがなくない?
恋はなんていうか、その時の勢いとかもある気がするけど、
愛は一度抱いたら簡単には変わんないからさ
そんな気がする
後は、その人の代わりになれるかどうかとか?
愛から恋を引いたら残るのはなんだろう
なんだろう
無償とか?言い方がむずいけど、
形が変わんないみたいな?
恋人なんてできたことがない僕らの机上論
分かんねーー!!!
何となく手持ち無沙汰で
机をペンでテンポよく叩く
昔かじった程度の信号を
誰に送るでもなく
繰り返す
ふと手を止めて
時計を見る
まだ15分しか経っていなかった
資料を流し読みしながら
また繰り返す
繰り返された信号を
掻き消すように腕をどつかれる
横を見れば
友達の不満そうな顔と
書き殴られた切れはし
『文句言うな!うるさい』
途端に恥ずかしくなって
レジュメに目を通す
僕のこのクセは
この日を境になくなった
小学生最後の春休み
私の父と母はなくなった
新しい生活に向けて準備をすませて
数日後に中学生になる朝
私とお兄ちゃんと父を置いて
母はひとりの女になった
テーブルに置かれた1枚の紙と
大皿いっぱいのお握り
クタクタに疲れ帰ってきた父は
今まで見たことないくらい狼狽えていて
その日から少しずつ父は父ではなくなっていった
男は仕事を辞め
ひたすら酒浸り
機嫌が優れないと暴れるようになった
お兄ちゃんは学校を辞め
朝から晩まで
ひたすら仕事づくめで
面と向かって会話をする機会が減ってしまった
私は中学生になって
助けになりたかったけれど
悲しそうなお兄ちゃんの顔を見て
今はひたすら勉強にのめり込んでいる
家に帰ると
隅に縮こまって
勉強したり本を読んだりする
大抵の場合
男は酔いつぶれて寝ているんだが
またに起きていて
支離滅裂なことを怒鳴り散らしてくる
あの日は起きていた
静かにしていれば何もしてこないと思っていたのに
強い衝撃に襲われた
頭がぼーっとする
部屋の中央に投げ飛ばされた
大きな音を立てて瓶や缶がくずれる
うまく体が動かせなくて
男が馬乗りになって
こぶしを振り上げた
大きな声を出すべきなのに
助けてと言いたいのに
喉はひきつって
呼吸が浅くなる
目の前が真っ白になった
気がつくと私は病院のベッドで寝ていた
そばにお兄ちゃんがいて
私が声を掛けると
普段泣かないお兄ちゃんが
大きな声で泣いていた
抱きしめられて
呆然としていて
自分の手に目が留まる
包帯が巻かれていた
ゆっくり動かすとじんわり痛い
男は意識がもどらないらしい
誰かに必要以上に殴られたようだ
私?
決して集中していない訳ではないけれど、
夏バテ気味で、ぼーっとしていた午後
先生に名前を呼ばれて、机をみれば
開かれていない教科書とまっさらなノート
慌てて黒板を見て、教科書を適当に開く
見当違いのページを開いてしまって
焦って乱暴にめくる、めくる
手が覚束なくて、うまく動かない
ふと、肩を突かれ
となりの机から、開かれた教科書が置かれる
質問された箇所を読む
先生は訝しげな顔をしていたけれど、
授業に戻った
となりをちらりと見たけれど、
あの娘は知らん顔で授業を受けていた
取り敢えず、正しいページを開いて
となりに返却する
終わりのチャイムが鳴って、
改めてお礼をと、となりを向く
ぼくの言葉に対して、あの娘はニコリと笑って
じゃあ、放課後アイス奢ってね
と言って席を立つ
全身の血が沸騰したように熱くなって
ぼくは机に突っ伏した