しめじ

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私は、ひどい事故にあったらしい。
何年も眠ったまま、最近意識が戻ってきたようで。
目の前には、やつれた顔の男性がいた。
私と目が合った彼は、嬉しいような悲しいようなよく分からない
表情をして、
「おはよう」
と言った。
なんだかとても、懐かしくて、
彼に何か言ってあげたかったけれど、
声が喉に張り付いて出てきてくれなかったので、
彼への返答は微かな音だった。


それから、しばらくは病院で過ごして
彼は、少しずつ話をした。

彼と私は夫婦だったらしくて、
幼なじみで、ずっと一緒にいたみたいで。

ちっとも実感は湧かないけれど、
確かに互いの手元には指輪があるし、
懐かしさもやっぱり感じる、気がする。

すぐには、難しいだろうが、また
以前のように過ごせるだろうか。


無事に退院できてから、
彼は、よく
「前は、こんなこと言わなかった。」
とか、しなかったとか。
言われてしまうことが増えた。

記憶がなくなってしまったことで、立ちふるまいも
変わってしまったようで。

私は、事故の後遺症で足がうまく動かせなくなってしまって、
そのことでも、彼に負担をかけているのに。

そんな焦りから私は、
彼の書斎で、日記を見た。


端的に言ってしまえば、私は本当の私ではないらしい。

彼と夫婦だった私は十数年前の事故により還らぬ人になった。
彼は、この事実が受け入れられず、オカルトにのめり込んで、

私を創り出した。

厳密にいうと、私は夫婦だった私から数えて4人目の私らしい。
外見はそっくりそのままでも、中身は不十分にできてしまうようで、
私は、下半身不随で記憶が何一つない私らしい。

彼にとって、私は私ではなくて、
また、きっと、彼はやり直すために私をバラすだろう。

私にそれを拒否する権利なんて無いけれど、
私も、彼と少しでも幸せな時間を過ごしたかった。気がする。

3/25/2025, 2:39:46 PM