学友と二人、どこかの画家が描いたような
鮮やかな入道雲を背に、小さな飛行機で坂道を下った。
人通りの少ない田舎道。
夏風に吹かれた木々が僕らを目で追っている。坂道を出た先の分かれ道をプログラムされたように左に曲がった。
乗客のいない電車と併走しながら、
異常な暑さを誇る太陽に目をやりに息を切らした。
饒舌になにかを語る友人に呆れながら、
何を言うでもなく、何を見つめるでもなく、
ただひたすら惰性で足を回す。早く家に帰りたいのだ。
冷えた宝箱に眠るアイスを、
家を天国に作り替えるあの涼風を、全身が求めている。「寄り道しようぜ!」と爽快に笑う彼を横目で睨み、
僕は更にペダルを強く踏んだ。
影を落とすミカンの木の香りを浴びて、信号の待つ十字路に向かい突き進む。寄り道をするでもなく、近所のおばさまに足止めされるでもなく、僕らは順調に家路を辿った。
残り100m、
じりじりと近付く楽園に思わず笑みを零す。
上機嫌に鼻歌を歌う僕と裏腹に、
寄り道し損ねた友人は少し不機嫌な顔をしている。
十数年前から変わらぬ彼の表情に思わず眉を下げた。
「家にこの間言ってたアイスあるけど、来る?」
と顔を除くと、俳優かと思うほどすぐ顔色を良くした。
眩い瞳を閉ざして笑う姿には、
どうしようもなく青空が似合う。
30m、
点滅する青を目の前にして僕らは顔を合わせる。やんちゃ盛りの僕達にここでスピードを上げない術は無かった。
20m、10m、
友人を追い抜かそうとする僕の身体は、先ほどの怠惰が嘘のように全力をあげている。漕ぐ暇もないほど早く周り続けるペダルから足を話し、向かいからそよぐ生暖かい風を一身に受けた。痛いほど夏を感じている。友人が何か声を発したらしかったが、見事なほど綺麗に車の声にかき消されていた。
3m、2m、1m_
楽園が、褒美が、僕を待っている!
友人を追い抜かした僕は、
今日一番の爽快さを身にまとっていた。
空を走り去る蝶々、道路を横切る黒猫そして、
響く二度目のクラクション、青春の終わりを告げる音。
調子に乗った僕にはゴールの合図にしか聞こえなかった。
0____
鈍い音がした。
なによりも冷たい空気が背筋を一直線に下りた。
意識を朦朧とさせる蝉の叫び
姿を映すことすらない紅の水溜り
天国とは程遠い、痛いほど脳裏に焼き付く悲惨の景色は
僕を地獄に突き堕としていった。
2025/07/08[あの日の景色]
あの人は空に似ている。
満点の笑みはさながら太陽そのものであったし、
蓄積した想いに耐え兼ねて涙を流す
ところもまるで予測のつかない通り雨のようだった。
美術館で惹かれる絵画に出会った日には、
目に星が宿ったりもしていた。
パンケーキやガトーショコラやらの甘味にかける
粉砂糖の量がやたら多かったという点を含めたら、
雪を纏っていたとも言えるかもしれない。
流石にこじつけに思えるけれど。
「生地が見えないくらいがちょうどいいんですよ」
と微笑む瞳は優しい三日月だったような気がしている。
気まぐれで、強情で、
こちらの意見などものともしない。
手を伸ばしたとて掴めやしないし、
こちらが引いたとて何も変わらない。
征服なんて夢のまた夢。
それでも、たしかに目が離せない。
あの人の光を身一つで受けるあの時間が好きだった。
何時だって写真に収めたくなるほど美しく
時に神様も吃驚するほど残酷で
そして、
二度と手に入ることのないあの人は
たしかに空に似ていた。
2025/07/07[空恋]
星に願ったって叶わないなら
精々最期の悪足掻き
許せない
私ばっかり苦しいなんて
許さない
1人で幸せになろうなんて
私のものにならないのなら
誰も愛せない様にしてあげる
星なんかと比にならない
強力で執拗な魔法をあげる
左様なら、愛に満ちた貴方
「 。」
本当は望まぬ不幸
幸せでいてほしかった
笑顔でいてほしかった
永遠に私の光でいてほしかった
でも
許せなかった
幸せになる貴方を
劣情を持ってしまった
怒りすら感じるほど好きになってしまった
貴方に釣り合わない私を
御免なさい
どうか
愚かな私を許さないで
愚かな私を
一生
一生、覚えていて
「愛しているわ」
愛憎渦巻く
慣れない魔法に全てを注いだ
無垢な少女は月の生贄
それでも、
ムーンストーンは光らない
月に願ったって叶わなかった
魔法はそう簡単に頼るものではない
2024/05/26【月に願いを】
窓ガラス越し
降り止まない雨を横目に
慣れた手つきで珈琲を2杯注ぐ
前より味を感じなくなった
今日はなんだか電気を付ける気にならない
月明かりを頼りに椅子に座る
雨
君は雨が嫌いだった
雨の日はいつも
窓際のこの椅子に座って外を眺めていた
『降り止まなかったらどうしましょう』
なんて言っていたのを思い出す
その言葉を聞く度に
「止まない雨なんてないよ」
と慰めながら珈琲を入れてあげていた
幸せだった 人生で一番
救いだった あの時間が
なのに
なのに
もし、
あの日雨が降っていたら
君は外出なんてしなかったのだろうか
ずっと
ずっとここにいてくれただろうか
『やっぱり晴れの日が一番ね!』
今更降ったって何も変わらないんだよ
僕が虚しくなるだけだ
だから
だからせめて
「今日ぐらい晴れてくれよ」
一輪の白百合が揺れる
雨はまだ降り止まない
2024/05/25【降り止まない雨】
シルクの様な白色の髪
手入れを怠るは厳禁
レースに包まれた華奢な手
穢すことのないように
ライトピンクのクラシックロリータ
何時だって貴方が一番
最後の仕上げに甘いメイクを、
『可愛くない』
向き合った鏡に映るは現実
逃れられない
紛れもない真実
低さの増す声色
可憐さを失う身体
見下ろすことが多くなった
その全てが失望を意味する
何もかもが心と相反する
失われていく
培ってきた努力が音を立てて崩れていく
成長
現実
制限時間
逃れられない
今日も1枚鏡を割った
逃れられないのなら
眼を逸らす他ない
仕様がないことだ
"僕が僕でいるために"
「理想に犠牲は付き物だから」
チョーカーのリボンを短く切った
2024/05/23【逃れられない】