Kanata

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7/8/2025, 1:45:34 PM

学友と二人、どこかの画家が描いたような
鮮やかな入道雲を背に、小さな飛行機で坂道を下った。
人通りの少ない田舎道。
夏風に吹かれた木々が僕らを目で追っている。坂道を出た先の分かれ道をプログラムされたように左に曲がった。
乗客のいない電車と併走しながら、
異常な暑さを誇る太陽に目をやりに息を切らした。
饒舌になにかを語る友人に呆れながら、 
何を言うでもなく、何を見つめるでもなく、
ただひたすら惰性で足を回す。早く家に帰りたいのだ。
冷えた宝箱に眠るアイスを、
家を天国に作り替えるあの涼風を、全身が求めている。「寄り道しようぜ!」と爽快に笑う彼を横目で睨み、 
僕は更にペダルを強く踏んだ。


影を落とすミカンの木の香りを浴びて、信号の待つ十字路に向かい突き進む。寄り道をするでもなく、近所のおばさまに足止めされるでもなく、僕らは順調に家路を辿った。

残り100m、
じりじりと近付く楽園に思わず笑みを零す。
 上機嫌に鼻歌を歌う僕と裏腹に、
寄り道し損ねた友人は少し不機嫌な顔をしている。
十数年前から変わらぬ彼の表情に思わず眉を下げた。
「家にこの間言ってたアイスあるけど、来る?」
と顔を除くと、俳優かと思うほどすぐ顔色を良くした。
眩い瞳を閉ざして笑う姿には、
どうしようもなく青空が似合う。

30m、
点滅する青を目の前にして僕らは顔を合わせる。やんちゃ盛りの僕達にここでスピードを上げない術は無かった。

20m、10m、
友人を追い抜かそうとする僕の身体は、先ほどの怠惰が嘘のように全力をあげている。漕ぐ暇もないほど早く周り続けるペダルから足を話し、向かいからそよぐ生暖かい風を一身に受けた。痛いほど夏を感じている。友人が何か声を発したらしかったが、見事なほど綺麗に車の声にかき消されていた。


3m、2m、1m_
楽園が、褒美が、僕を待っている!
友人を追い抜かした僕は、
今日一番の爽快さを身にまとっていた。

空を走り去る蝶々、道路を横切る黒猫そして、
響く二度目のクラクション、青春の終わりを告げる音。
調子に乗った僕にはゴールの合図にしか聞こえなかった。


0____

鈍い音がした。
なによりも冷たい空気が背筋を一直線に下りた。
意識を朦朧とさせる蝉の叫び
姿を映すことすらない紅の水溜り
天国とは程遠い、痛いほど脳裏に焼き付く悲惨の景色は
僕を地獄に突き堕としていった。
 


2025/07/08[あの日の景色]









7/7/2025, 9:54:40 AM

あの人は空に似ている。
満点の笑みはさながら太陽そのものであったし、
蓄積した想いに耐え兼ねて涙を流す
ところもまるで予測のつかない通り雨のようだった。
美術館で惹かれる絵画に出会った日には、
目に星が宿ったりもしていた。
パンケーキやガトーショコラやらの甘味にかける
粉砂糖の量がやたら多かったという点を含めたら、
雪を纏っていたとも言えるかもしれない。
流石にこじつけに思えるけれど。 
「生地が見えないくらいがちょうどいいんですよ」
と微笑む瞳は優しい三日月だったような気がしている。

気まぐれで、強情で、
こちらの意見などものともしない。
手を伸ばしたとて掴めやしないし、
こちらが引いたとて何も変わらない。
征服なんて夢のまた夢。

それでも、たしかに目が離せない。
あの人の光を身一つで受けるあの時間が好きだった。
何時だって写真に収めたくなるほど美しく
時に神様も吃驚するほど残酷で
そして、
二度と手に入ることのないあの人は
たしかに空に似ていた。

2025/07/07[空恋]

5/26/2024, 11:49:50 AM

星に願ったって叶わないなら
精々最期の悪足掻き

許せない
私ばっかり苦しいなんて
許さない
1人で幸せになろうなんて


私のものにならないのなら
誰も愛せない様にしてあげる

星なんかと比にならない
強力で執拗な魔法をあげる


左様なら、愛に満ちた貴方


「 。」



本当は望まぬ不幸

幸せでいてほしかった
笑顔でいてほしかった
永遠に私の光でいてほしかった

でも
許せなかった

幸せになる貴方を

劣情を持ってしまった
怒りすら感じるほど好きになってしまった
貴方に釣り合わない私を


御免なさい
どうか
愚かな私を許さないで

愚かな私を
一生
一生、覚えていて


「愛しているわ」


愛憎渦巻く
慣れない魔法に全てを注いだ
無垢な少女は月の生贄

それでも、
ムーンストーンは光らない


月に願ったって叶わなかった



魔法はそう簡単に頼るものではない


2024/05/26【月に願いを】

5/25/2024, 11:27:50 AM

窓ガラス越し
降り止まない雨を横目に
慣れた手つきで珈琲を2杯注ぐ
前より味を感じなくなった

今日はなんだか電気を付ける気にならない
月明かりを頼りに椅子に座る



君は雨が嫌いだった

雨の日はいつも
窓際のこの椅子に座って外を眺めていた
『降り止まなかったらどうしましょう』
なんて言っていたのを思い出す

その言葉を聞く度に
「止まない雨なんてないよ」
と慰めながら珈琲を入れてあげていた


幸せだった 人生で一番
救いだった あの時間が

なのに

なのに


もし、
あの日雨が降っていたら
君は外出なんてしなかったのだろうか
ずっと
ずっとここにいてくれただろうか


『やっぱり晴れの日が一番ね!』



今更降ったって何も変わらないんだよ
僕が虚しくなるだけだ

だから
だからせめて

「今日ぐらい晴れてくれよ」


一輪の白百合が揺れる
雨はまだ降り止まない


2024/05/25【降り止まない雨】

5/23/2024, 11:57:31 AM

シルクの様な白色の髪
手入れを怠るは厳禁
レースに包まれた華奢な手
穢すことのないように
ライトピンクのクラシックロリータ
何時だって貴方が一番

最後の仕上げに甘いメイクを、


『可愛くない』


向き合った鏡に映るは現実
逃れられない
紛れもない真実


低さの増す声色
可憐さを失う身体
見下ろすことが多くなった

その全てが失望を意味する
何もかもが心と相反する

失われていく
培ってきた努力が音を立てて崩れていく

成長
現実
制限時間
逃れられない


今日も1枚鏡を割った


逃れられないのなら
眼を逸らす他ない

仕様がないことだ

"僕が僕でいるために"

「理想に犠牲は付き物だから」


チョーカーのリボンを短く切った


2024/05/23【逃れられない】

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