Kanata

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『シルクの様な月白の髪』
たとえこの髪に触れる手が彼女じゃなくとも、
僕が愛らしくいなければならないことに変わりはなくて。
ただひたすらに艶を帯びる天使の髪は決して枯れていいものではない。
僕が僕を愛するために。


『レースに包まれた華奢な手』
彼女が引いたこの手を
守るためだけに僕は今日も分厚いレースを纏う。
いっそのこと斬り落として美術品の様に飾れればいいけれど、月に透かした自分の左手はあまりにも綺麗で、純白で、愛おしくて、この手があれば、また月に触れられるような気がしてしまって。
彼女からの指輪を待つ口実にして僕は今日も正気に戻る。


『ライトピンクのクラシックロリィタ』
鎧代わりのその衣装はあまりにも僕の全てだった。
彼女のことを抱きしめられなくても、この彼女の生き写し”さえ纏ってしまえば生きていける気がした。
頑丈で完璧な”可愛い”に身を包んでしまえば、数多の傷なんて大したものではない。
ゆりかごから墓場まで貴方の愛した僕でいれるから。


星屑と夜空を瞼に映して、
お気に入りのリボンでシルクを纏めて、
喉元のそれを静かに隠して、
成長する何もかもの生気を止めて、
僕の醜さ全てを殺して、
あとは、
あと、


あとどうしたら、君になれる?

何時だって鏡をまともに見れやしない。
僕を愛した彼女は、
僕の愛した君はこんなんじゃなかった。


『低さの増す声色、可憐さを失う身体』
何もかもが心と相反していく。
紛れもない事実が、
本当の自分が僕の命を背後から狙っている。


『成長、現実、制限時間』
培った努力が、
精一杯象った彼女の面影が音を経てて崩れていく。
可愛くない僕に、彼女になれない僕に価値はないのに。
本当の僕を認めてくれる存在なんて、
もう何処にもいないのに。


いつか終わる日が来る。
逃れられない日が来る。
君に失望される日が来る。

そうなる前に、僕は、



何時もより強く振りかざされた刃物の残像を、止める腕を持たない月の光だけがただ只管に哀れを嘆いていた。

『貴方は只、貴方でいればよかったのに。』
月に口無し、盲目に死あり。
二人の愛は決して交わることのないまま。
御伽噺になることのないまま。


2025/11/05【時を止めて】

11/5/2025, 12:21:44 PM