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2/6/2024, 3:16:23 AM

 愛しい人への溢れる気持ちを手紙に綴ったら、便箋30枚もの超大作になった。

「というわけで。先生、添削お願いします」

「えっ、どういうわけ???」

 小さな指導室で、国語科を専門とする女性教師はぽかんとした。

「真面目な君がラブレター書くぐらいだもの、応援したいけど……
 えっ、でもこれ先生読んでいいやつ? このまま相手の子に渡したらだめなの?」

「や、こんな手紙をそのまま渡した日には、きっと『文章は長けりゃいいってもんじゃない、やり直し』って、すげなく突き返されると思うんです」

「……なかなかシビアな子に恋をしてるのね。わかったわ、それじゃあ失礼して……あっ」

「さっそくどうしました?」

「……この出だしの『あなたは僕にとっての女神であり、天使であり、大輪の薔薇であり、野に咲くたんぽぽであり……』、ああこれまだ続いてる!」

「はい、つかみは大事ですよね!」

「いやいやいやいや!要素をあれもこれも欲張りすぎよ、びっくりした」

「ええ……ここは相手の方の多方面にわたる魅力を表していて」

 女性教師は頭を抱えた。

「どれかに絞りなさい……!」



「疲れた……便箋30枚が奇跡的に5枚になった」

「ありがとうございます、先生!」

「まあ、でもこれで大丈夫。胸を張って渡してきなさいな」

「はい!……それでは。どうぞ」

 男子生徒は、5枚の便箋を女性教師に差し出した。

「えっ?」

 教師は、目を丸くした。

「先生、これが僕から先生への気持ちです。あれをそのまま渡してたら、『長すぎる』って言って読んでくれなかったでしょう?」

「……ええ、でしょうね」

「でもこの方法なら、短い手紙に収まりきらない溢れる気持ちも、もれなくぜーんぶ読んでもらえます! ね?」



『溢れる気持ち』

2/5/2024, 10:00:27 AM

「は〜、ベッドふかふかで幸せ〜。ここが天国かな……」

「……吐かないでくださいよ先輩。それ、俺のベッドなんだから」

 だいじょぶよぉ、なんて間の抜けた返事が返ってきて、こちらまで脱力した。

 時の流れの力は偉大だ。彼氏に振られた直後は目に見えるほど落ち込んでいた先輩も、数週間も経つとずいぶん元気を取り戻したようだった。

 そしてなぜか、相変わらず飲みに付き合わされ続ける俺。突き放した態度を取ったはずなのに。

「……ここ、一応男の部屋ですからね。わかってます?」

「……へーきだよ……だってきみは、わたしがいやがること、しないもんねぇ」

 先輩はそう言うと、それが限界だったのか、すぅすぅと寝息を立てはじめた。

「……『嫌がること』、か」

 本当にこの先輩は、図々しくて、無神経で。憎らしくてたまらない。

 裏切ってやろうと思った。この先輩が勝手に『信頼』だと思い込んでいる何かを。

 俺は、ベッドに無防備に寝転んでいる先輩に近づいた。そして。

 先輩の頬に、そっと口づけた。

 ……今晩の俺には、それが限界だった。



『Kiss』

2/1/2024, 11:22:42 PM

 ネクタイ締めた大の男が、公園のブランコひとつ占領して夕飯を食う。
 こんな迷惑行為を毎夕続けていたら、そのうち俺は、遠巻きにひそひそ『ブランコの妖精』なんて呼ばれていた。

「何とでも言いやがれ」

 今日もブランコを軋ませながら、おにぎり片手に、背中丸めて携帯の画面に集中する。

 すっかり日も暮れて、いつもなら公園に誰もいなくなる頃。
 ふいに気配を感じて顔を上げると、俺の目の前に、よれよれの服を着たガキがひとり立っていた。

「うわ、びっくりした。何だお前」

「なあ、おっさん」

「おっさんじゃねぇ、まだ20代だ」

「やっぱりおっさんじゃん。おっさん『ブランコの妖精』なんだろ? おれに立ち漕ぎ教えてよ」

「いやいや、もう夜遅いから家に帰れよ。お母さんが待ってるだろ」

「かーちゃんならさっきまた仕事行った。なあ、教えてくれよ」

「……」

 気まぐれだった。
 運動神経にはそこそこ自信があるから、ガキにそれを自慢したかったというのもある。

 その日から、こいつは毎晩遊びに来た。立ち漕ぎができるようになっても、何かと理由をつけてここに来続けた。



 ある日のことだった。

「なあおっさん、おれ、じいちゃんちに引っ越すことになった」

「……そうか」

「かーちゃん、もうかけもち? しなくていいんだって」

「そりゃよかったな。元気でやれよ」

 それから別れ際、俺はこう付け加えた。

「俺みたいに、迷惑な大人にはなるなよ」

 ガキは、にかっと笑った。

「やだね、おれもいつか『ブランコの妖精』になるんだ」



『ブランコ』

2/1/2024, 4:10:47 AM

 長い長い旅路の果てに、魔王城に辿り着いた。

「よく来たな、『勇者』」

 書斎のような部屋の中で、豪奢な椅子に座っていたのは人間の男だった。

「……久しぶりだな、『魔王』」

 世界中から『魔王』と呼ばれるその男は、俺のかつての友人だった。

 深い悲しみに打ちひしがれて、男は『魔王』に成り果てた。
 それをただ見ていただけの俺は、あのとき止められなかったくせに、今や『勇者』なんて担がれてこの場所に立っている。

「お前が来るのを、待っていたよ」

 そう言って『魔王』は、そっと剣を差し出した。

「もう疲れたんだ」

「……」

 『勇者』は静かに、『魔王』を討ち果たした。



 魔王城を出ると、空を分厚く覆っていた黒雲が晴れていくところだった。

 こんなところでも花は咲くらしい。
 ふと見ると、故郷に咲いていたものと同じ花が、静かに風に揺れていた。



『旅路の果てに』

1/31/2024, 4:21:14 AM

 オフィスビルの広いエントランス。ソファが想像よりふかふかで、気持ちがよかった。
 天井が高いなー、なんて考えながらぼんやり待っていると、向こうのエレベーターから降りてくる父の姿が見えた。



「はい、お弁当。もう忘れないでよ」

 父に、母お手製のお弁当が入った袋を手渡す。これでわたしの仕事は終わり。

「おう、悪かったなぁ。……というかお前、今日学校は?」

「休んだよ。お父さんにお弁当届けたくって」

 もちろん、嘘だ。

 今朝は、どうしてもだめだった。
 学校に行こうとすると、胃がぎりぎりと痛んで吐き気がした。

 原因はよくわかっている。だけど、家族には絶対相談したくない。

 父は一瞬何か言おうとしたように見えた。

 けれども、その言葉は飲み込んだのか、いきなりわたしの髪をくしゃっと撫でた。

「そうか。お前が届けてくれるなら、またお弁当忘れようかな」

「……やめてよ、めんどくさい」

 その手は鬱陶しくて、とてもあたたかかった。



『あなたに届けたい』

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