ネクタイ締めた大の男が、公園のブランコひとつ占領して夕飯を食う。
こんな迷惑行為を毎夕続けていたら、そのうち俺は、遠巻きにひそひそ『ブランコの妖精』なんて呼ばれていた。
「何とでも言いやがれ」
今日もブランコを軋ませながら、おにぎり片手に、背中丸めて携帯の画面に集中する。
すっかり日も暮れて、いつもなら公園に誰もいなくなる頃。
ふいに気配を感じて顔を上げると、俺の目の前に、よれよれの服を着たガキがひとり立っていた。
「うわ、びっくりした。何だお前」
「なあ、おっさん」
「おっさんじゃねぇ、まだ20代だ」
「やっぱりおっさんじゃん。おっさん『ブランコの妖精』なんだろ? おれに立ち漕ぎ教えてよ」
「いやいや、もう夜遅いから家に帰れよ。お母さんが待ってるだろ」
「かーちゃんならさっきまた仕事行った。なあ、教えてくれよ」
「……」
気まぐれだった。
運動神経にはそこそこ自信があるから、ガキにそれを自慢したかったというのもある。
その日から、こいつは毎晩遊びに来た。立ち漕ぎができるようになっても、何かと理由をつけてここに来続けた。
◇
ある日のことだった。
「なあおっさん、おれ、じいちゃんちに引っ越すことになった」
「……そうか」
「かーちゃん、もうかけもち? しなくていいんだって」
「そりゃよかったな。元気でやれよ」
それから別れ際、俺はこう付け加えた。
「俺みたいに、迷惑な大人にはなるなよ」
ガキは、にかっと笑った。
「やだね、おれもいつか『ブランコの妖精』になるんだ」
『ブランコ』
2/1/2024, 11:22:42 PM