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 ネクタイ締めた大の男が、公園のブランコひとつ占領して夕飯を食う。
 こんな迷惑行為を毎夕続けていたら、そのうち俺は、遠巻きにひそひそ『ブランコの妖精』なんて呼ばれていた。

「何とでも言いやがれ」

 今日もブランコを軋ませながら、おにぎり片手に、背中丸めて携帯の画面に集中する。

 すっかり日も暮れて、いつもなら公園に誰もいなくなる頃。
 ふいに気配を感じて顔を上げると、俺の目の前に、よれよれの服を着たガキがひとり立っていた。

「うわ、びっくりした。何だお前」

「なあ、おっさん」

「おっさんじゃねぇ、まだ20代だ」

「やっぱりおっさんじゃん。おっさん『ブランコの妖精』なんだろ? おれに立ち漕ぎ教えてよ」

「いやいや、もう夜遅いから家に帰れよ。お母さんが待ってるだろ」

「かーちゃんならさっきまた仕事行った。なあ、教えてくれよ」

「……」

 気まぐれだった。
 運動神経にはそこそこ自信があるから、ガキにそれを自慢したかったというのもある。

 その日から、こいつは毎晩遊びに来た。立ち漕ぎができるようになっても、何かと理由をつけてここに来続けた。



 ある日のことだった。

「なあおっさん、おれ、じいちゃんちに引っ越すことになった」

「……そうか」

「かーちゃん、もうかけもち? しなくていいんだって」

「そりゃよかったな。元気でやれよ」

 それから別れ際、俺はこう付け加えた。

「俺みたいに、迷惑な大人にはなるなよ」

 ガキは、にかっと笑った。

「やだね、おれもいつか『ブランコの妖精』になるんだ」



『ブランコ』

2/1/2024, 11:22:42 PM