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1/22/2024, 9:51:40 AM

 夜も深まる22時。 

「……人が、多い」

 こんな夜にも関わらず、丘の上の展望台は人々で賑わっていた。

「そりゃ当然だろ、委員長。なんたって『30年に一度の大流星群』だぜ? こんな貴重な機会、みんな見たいに決まってる」

 私の小さなつぶやきに、君は、てきぱきと望遠鏡を組み立てながら答えた。

ーーいっしょに流星群を見に行こう。

 そう誘われた時は、心が躍った。
 星いっぱいの夜空をふたりじめ……なーんてロマンティックな想像をしながら。
 だから、目の前に広がるお祭りみたいな光景に、少々がっかりした。

 でも。

 流星群を待ち侘びてはしゃぐ子どもたちの声。
 お互いに「寒くないか」といたわりあう老夫婦。
 他にもさまざまな人々の姿が見える。 
 単純な私は「こういうのも悪くないかも」、なんて思うのだった。

「そういえばさ、〇〇君と一緒に来なくてよかったの?」

 ついでに気になっていたことを尋ねると、君はこちらも見ずにこう答えた。

「……委員長と、2人で来たかったから」

「……えっ?」

 その時あたりから、わっ、と歓声が上がった。どうやら、流星が見え始めたようだ。

 特別な夜はこれからだ。



『特別な夜』

1/21/2024, 1:53:24 AM

 僕、実は子どもの頃に一度だけ、海の底に行ったことがあってね。
 ……誰も信じてくれないから、このことを人に話すのはずいぶん昔にやめてしまったけれど。

 小学生の時に。海で溺れていた僕を、人魚のお姫様が助けてくれたんだ。優しい目をして、儚げな雰囲気のひとだった。水中でゆられる明るい色の髪が、差し込む陽の光に照らされて、きれいだったな。
 
 彼女はそれから、海の底の世界を案内してくれて……海の底は真っ暗だと思うだろう?
 ところが、違ったんだ。色とりどりの魚に珊瑚がきらびやかに踊って……本当に、夢のような世界だったよ。

 このさき一生、僕はあの光景を忘れないだろうな。

「どうしたの? 突然そんな昔の話をして」

 婚約者の彼女は、柔らかく微笑んで言った。少し年上の、儚げな雰囲気の彼女。

 いやそれがさ、今日君を見ていて、急に昔の思い出がよみがえってきたんだ。変だよね。
 ……あのお姫様、元気にしているといいな。

「大丈夫、きっと元気で暮らしているわよ」

 僕はまた、宝石を宝箱に収めるみたいに、美しい思い出を心にそっとしまった。



『海の底』

1/19/2024, 4:16:57 AM

「私が思うに、日記というものはそもそも、誰かに読まれることを想定したものではなくって……他の誰にも知られたくない、自分自身との会話の積み重ねの記録というか」

 目の前の勉強机の上に、日記が置いてあった。控えめなラメがきらきら光る、パステルピンクのカバーの日記。普段はシンプルなデザインの持ち物ばかりのこの部屋の持ち主にしては、可愛らしいな、と私は思った。

「つまり、人の日記を見るなんて大変悪趣味、ということなんだけど」

 ごくり。





「ごめんね〜! わざわざうちまで来てもらったのに待たせてしまって」

「ううん、大丈夫だよ」

 結局私は、日記を開かなかった。
 理性の勝利である。
 自分だって、人に日記を見られたら嫌だもんね。

 この部屋の持ち主である彼女が、荷物を下ろしながら私に笑顔を向けた。

「でもよかった安心した」

「ん? どしたの」

「や、なんでもない。


これからも、あなたのこと信じてるよ」



『閉ざされた日記』

1/17/2024, 1:17:38 PM

 木枯らしが吹いて、季節は秋から冬へと変わる。街路樹たちがはらはらと葉を落として、さみしさが増していくこの頃。

 そんな中で、とある公園にいつまでも葉を残しているイチョウの木があった。

 通る人々は皆不思議がったが、それもひと月もすると、日常の風景になった。

 そのうちクリスマスの時期になって、せっかくだから、と、色とりどりのオーナメントが飾られて、イチョウはみごとな黄金色に輝くクリスマスツリーになった。

 そのイチョウは満足げにこう呟いた、かもしれない。

「ああ、木枯らしにお願いしてみてよかったなぁ。こんなにあたたかい、人に囲まれた冬を迎えられるなんて」



『木枯らし』

1/16/2024, 3:16:48 PM

「わたし、『美しい』って言葉が、大っっっ嫌いなの」

 午前6時。
 まだ夜の闇が続いている。
 キャンプに来た僕らは、湖畔のほとりにキャンピングカーを停めて、ベンチに座りコーヒー片手に語らっていた。

「へぇ、それはどうして?」

「だって、『美しい』があるなら、その対には必ず『醜い』があるじゃない。
 わたしは、どちらかというと『醜い』側の人間だったから……」

「そんなことないよ」

「……あなたは私の味方でいてくれるからそう言ってくれるだけ。……とにかく、そんな対比がどうしても生まれてしまう『美しい』って言葉が、どうしてもだめなの」

「そっか」

 空が、白みはじめた。

 湖畔の水平線から、朝日が顔を出さんとしている。
 水平線近くの空は燃えるような曙色に光って、その曙色を溶かすように、天に向かって空色とのグラデーションが広がっている。

「……わぁ」

 彼女は、その壮大な光景に見惚れていた。
 もちろん僕もそうだ。






『美しい』

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