子供の頃からの夢だった。
きまぐれで、しなやかで、どこか気品漂うきみ。
生きている間に、1度は一緒に暮らしたい。
ああ、その小さな手に出来るくぼみに触ってみたい。
成人した私もその夢を抱えたまま、日々を過ごした。
家族にも、いつか。と物語のようにうっとり語っていた。
そんな、ある日。
職場の先輩から連絡があった。
近くのスーパーマーケットの駐車場にいた、きみを保護たと。
先輩の家には沢山の、大きく優雅な家族がいた。12以上の家族に加わるにはあまりに小さく、虫に栄養を取られてやせ細ったきみ。
写真を見て私は、一目で恋に落ちた。
きみを、しあわせにしたい。
迎え入れる為に3日で環境を整えた。初めてあったきみは、3ヶ月にも関わらず1.2kgだった。
それでも懸命に生きようと、好奇心いっぱいで。
一緒に迎えた子供たちは、きみが可愛くて、私のように一目で恋をした。
わたしの、かわいい末の息子。何より大切な、私の子供。
突然の出会いで家族になったきみは、あっという間に我が家のアイドルになった。
それでも何故だか帰宅した私に甘えるきみに、しあわせを感じる。
大丈夫。もう、怖いものはないよ。私がきみを守るよ。
今日も家を守ってくれてありがとう。
絶対に、私はきみのところへ帰ってくるよ。
かわいいこ、世界で一番、愛してるよ。
「突然の君の訪問」
おかあさんはいつも、僕達兄弟を名前で呼んだ。
お兄ちゃん、弟、どちらも好きで生まれてきている訳ではない。だから、あなたはあなただからと。
2人とも違うから良いんだよ。喧嘩は1人では出来ないからね、話してみようか。
パパはあなた達にとったらおとうさんだけど、私のおとうさんじゃないから名前で呼ぶのよ。
お母さんはいつも、楽しそうに笑う。
どれだけ汗をかいても、けらけら笑って、僕らと同じ目線で過ごす。
得がたい宝なのだと、ベッドで優しく髪をなでる。
強いひとだ。明るく、太陽のようで、口の中で溶けゆくキャラメルみたいな人だ。
いつも沢山笑うお母さんが、数えるくらいだけ、子供のように泣きながら、ぼろぼろ涙をこぼした日がある。
だけどそれは、僕らのかわりに。僕らのこころにたくさん、たくさん謝って。
そんなお母さんのなみだは
悲しくなるほどあたたかくて。
愛されている自分に泣きたくなるほどせつなかった。
「雨に佇む」
三日坊主と、よく言われた。
そんな私が
子供たちのアルバムに、取り留めのない愛を綴っている。
態度で伝わると言われるけれど。
私は言葉も欲しかった。言葉はいくつ受けとっても、薄くなどならないと思う。
その表情が、全てに重みをくれるから。
だいすきだよ。
愛してるよ。
私のところに来てくれてありがとう。
いつだって、大切におもっているよ。
私の大事な、大事なたからもの。
いくつになっても、私はあなたを。
愛しているよ。どんな時も
思った時に伝えること。そうして生きる私にとって。
今日の気持ちは全て、この気持ちは全て。
唇から、心へと紡がれるのだろう。
「私の日記帳」
寡黙な父だった。
食事中はテレビを見ること、携帯を触ることが禁止だった。
母は共働きで、料理が嫌いだった。
兄とは歳が近いこともあり、つまらない事でよく喧嘩をした。
みんなそれぞれ、違う日常。違う景色の中で、一日を迎え、そして終える。
そんな僕ら家族は、毎週末だけ、4人が同じテーブルで夕食を食べた。
しん、としたリビングに置かれたダイニングテーブルに、毎回不思議なくらい味の定まらない野菜炒めと、玉ねぎの味噌汁。
冷蔵庫だけが冷たい音を響かせながら、食卓を彩っていた。
ちらり、と横目に父を見る。
黙々と食事をし、深い皺を眉間に刻んだまま話さない。
顔を上げてみたが兄も、母も最後の晩餐のように。
表情も変えず箸を運んでいた。
せっかく、家族で食べているのに。
僕は笑って口を開いた。まるで道化師のように、時に大袈裟に、時におどけて1週間を家族に話す。
父が、ふっ、と笑って。兄と母が笑った。
それだけでいいと思う。僕はみんなの笑顔がすきだ。
家族が、どうしても、すきだから。
「向かい合わせ」
だって、あなたはあのひとが好きなんでしょう
水中に沈んだぼくは、ぼくの気持ちとふつうの正しいこたえが出てこなくて。
ぶくぶく、ぶくぶくと。パクパク動かす唇から。
どんどん酸素が抜けていって。
頼む、どうか僕の手を引いて、このまま底まで連れて行ってくれないか。
なにもなくていい。ふたりで、ただ楽しく。
しあわせに。
僕という水槽に溺れる自分自身に目を瞑って。
君と過せる時の鼓動も、抱きしめた時に心臓が縮むようなきゅっした、息が浅くなるような感覚も、ふとした時に感じる「こころ」の位置の存在も。
ぜんぶ、きみに伝えられないぼくの弱さ。
生まれてから育った土地での、閉鎖的な、柔い苦しみも。
ぼくで完結出来るなら。
どうか、しあわせになってほしい。
さあ、どうだろうな。そんな事もないけど。
そう言って少しずつ離れていった僕を、君は恨んだだろうか。それともそんな君に寄り添ったあの子が、癒したのだろうか。どちらにせよ、僕にはわからない。
きみをただ、すきだったこと以外は。
「やるせない気持ち」