世界はとてもひろかった。
成長するまで、きっと、今よりずっとこどもだったぼくらは。箱庭のせかいで優劣を定める、井の中の蛙だった。
それから階段を駆け上がるように進んだせかいは、そのまま世界へ繋がるきらめきを持たない、必要な塩分を持たない水が広がるせかいだった。
そんな、閉鎖的で。ペリーをいつまで待っても来ない水たまりの箱庭を。世の全てと思っていた僕たちは。
幾度も傷を負って痛む手に歯を食いしばり、今までの縁を線で結び、何度も見返してはいかだを作った。
夢、希望、不安、恐怖。いくつもの感情が教科書のページのように風にパラパラとめくれながら、頬を撫でる。
きっと僕らはこの日を。
いつか必ず思い出すのだろう。
いこう、世界へと。進め、これまでの風を捕まえて。
それぞれの、希望の陸地を目指して。
「海へ」
きょうだい。だけど全然違う僕と兄。
何をしても、どれだけ頑張っても。
いつだってぼくの上には兄がいた。
いい所を全部もっていったようだと、誰かが言った。
一度でいい、一番になりたい。
ありとあらゆる事で挑んだ。今だから自分の敵は自分自身だと思えるけれど。
ドライアイスのように、もやもやと。
劣等感が全身を包んで、結果を受け入れる度に足先から抜けていく熱意が冷えていった。
いちばんにはなれない。
幼い僕はそれを受け入れ、違う道を歩いた。
そんな事を思い出しながら、ふと大人になった今、呼吸するように尋ねた。なぜいつも、勝てなかったのか。
真面目な兄がそっと、子供のように笑う。
兄としての意地だよ。と
その声は今まででいちばん、優しかった。
「裏返し」
時間が流れるから。
日が過ぎるから。
それが普通に明日を連れてくるから。
ぼんやりと。けれども規則的に。
一日を享受して、それぞれの毎日をあるく僕たちは。
本当は、いつだって、自由だ。
自由は楽しくて、全てが自分のものだ。
けれど自由は時としてとても重くて、眠れない夜の静寂より、底の見えない海の紺碧より、ずっと孤独だ。
もしも。もしも。
今では無い、ほんものの自由へ駆けるなら。
きっと光へ向かうのだろう。
夢へと手を伸ばすのだろう。
その背に、唯一の。
自分だけのうつくしい翼を広げて。
「鳥のように」
覚えていますか。
あの日、楽しかったことを。
覚えていますか。
あの日、苦しくて辛くて泣いたことを。
覚えていますか。
いつか心に描いた、その夢を。
ありがとう。
覚えていますよ。
あの日の耀く、笑顔を。
覚えていますよ。
悩み苦しむ姿を。その、あふれた感情を。
覚えていますよ。
あなたの、好きなところを。
ありがとう。
また、いつか。どこかで、すれ違うだけでも。
たとえ出会わなくても。
きみがいてくれて。きみに出会えて。
幸せだったこと。
ぼくに、出会ってくれたきみへ。
しあわせを。
ありがとう。
「さよならを言う前に」
最後の夏が終わった。
自分が、才能ある選手ではないとわかっていた。
それでも、宙を舞い、刹那に見る空が好きだった。
自分の脚が地を蹴り、全身にかかった別方向の力を。
足先から、重力に逆らって上へ。
たかく、たかく。
自分自身のちからで、空に向かって。
一瞬。
それをまるで、コマ送りのように体感する。
せかいが、自分だけの速さで進む。
刻む時に見える天は、いつも、違って。
僕だけの、今ここだけで見える、色彩だ。
楽しい、だけではなかった。けれど、僕のファインダーが見つめたせかいは。
いつだって、どんな時だって、言葉にするのが勿体無いと思えるほど。
きれいだった。
「空模様」