S & S

Open App
7/19/2024, 12:53:31 AM

親愛の温もりを失うのが怖くて、恋心に蓋をしたのは幾つのときだったろう。

貴方が私を抱きしめてくれるのは『お世話になっている家のお嬢様』だから?
それとも『世話のやける妹』だから?
 
大好きよって伝えたら、はいはい、俺もだよって。
屈託なく向けてくれる笑顔が、優しく頭を撫でてくれる手が。
嬉しくてたまらないのに、同時に切なくてたまらない。

今日もこの想いは、私だけの。

7/18/2024, 7:06:08 AM

だいぶ昔の記憶だ。
小さなお嬢といつもみたいに芝生の上で寝転がりながら、俺は少し緊張して話し始めたと思う。

『なあ、お嬢に聞きたいことあんだけど』
『なぁに?』
『こないだ、親父さんにさ。なんなら本当に養子になるかって。聞かれたんだけど』
『とうさまに? ……ヨウシ?』
『うん。あー……えっと。つまりだな。俺と、お前の親父さんが、親子になる書類みたいなのを書いてだな……』

ハテナマークが浮かんでいるお嬢に何とかかいつまんで説明しようと、俺は頭を捻った。

『つまり、養子ってのは。親父さんと俺が本当の親子になって。お嬢と俺は、本当の兄妹になるってことだ。……どう思う?』
『ほんとうの、きょうだい?』
『ああ。お嬢は、俺とそうなりたいか?』
『……。……うーん。こまる……かな』

お嬢はしばらく俯いてから、小さな声でそう言った。
俺はそのとき、少なからずショックを受けたのを憶えてる。だって、俺はお嬢に背中を押してもらうつもりで聞いたからだ。きっとお嬢ならいつもみたいに花が咲くように笑って、俺と兄妹になれるのが嬉しいって言ってくれるんじゃないかと。

『そっか。……困る、か』
『うん。……だって』

色んなモヤモヤがグルグルと心に渦を巻いていた気がする。けれどそんなもんを吹き飛ばすくらい、膝を抱えたお嬢から続いた言葉は予想外すぎた。
お嬢の真っ赤に染まった柔らかそうな頬っぺたも、少し拗ねたみたいな表情も。……まあ、なんだ。当時、どこまで、どういう意味であれ──絆されてしまうには、十分すぎたみたいで。

『……だって。きょうだいになったら……およめさんに、なれないでしょ?』

7/13/2024, 9:05:50 AM

俺みたいな奴がお嬢に相応しくないっていうのは、俺みたいなバカでも解る。
可愛いし、大切なんだ。
きれいでまぶしくて、とにかく大切なんだ。
そんな彼女にいつの間にか欲を抱いてしまった俺は、やっぱり彼女とは違う汚い獣なんだって思い知らされる。

これまでずっとやってきたようにやれば、それでいい。
俺はお嬢の家族で、兄代わりで、トモダチで。
それ以上なんてありえない。

7/12/2024, 6:33:42 AM

LINEの通知音が鳴った。
ちょうど課題が一段落したところだったので、私はうんと伸びをしてからスマートフォンを手に取りメッセージを確かめる。
 
「……わ」
 
送られてきた画像をタップすると、咲いたばかりの一輪の薔薇が雨露を浴びて写っていた。
画像の下に、ポコポコとメッセージが増えていく。

『咲いたぞ、お嬢の好きな花』
『オレンジのやつだぞ』
『はやく見にこいよ』
『忙しいか?ならあとでも良いぞ』

あまりの微笑ましさに思わずふきだしてしまった。
少し前から彼が庭師のおじさんに園芸を習っていると聞いてはいたけど、お花が咲いただけでこんな風にはしゃぐだなんて。ちょっと可愛い。

『とても綺麗ね。すぐに行くわ。』

私は教科書とノートを揃えて棚に仕舞うと、彼の待っている庭へ向かうべく軽い足取りで部屋を出た。

7/10/2024, 7:15:54 PM

真夜中に目が覚めると、狼の聴覚が微かな音を拾った。
布団を被ったまま薄らと目を開け、部屋の外に注意を向ける。
長い廊下を通り、こちらに向かい近づいてくる足音。一人か。床の軋み具合から、体重は軽い。女か。いや、子どもだ。……てことは。

「なーにやってんだ、こんな夜中に」
「っ!?」
 
部屋の前には案の定、お嬢の姿があった。
お嬢は急に開いた扉と俺がかけた声に肩をビクつかせる。大きな青灰色の瞳に零れそうなほどの涙を溜めて、くったりとしたクマのぬいぐるみを縋るように抱きしめていた。

「……遊ぶ時間はもう終わってんぞ。早く寝ろよ」
「こわいゆめみて。ねむれないの」
「……あー。だったら、パパかママんとこ行ったらどうだ?」
「とうさまも、かあさまも、こんやはおしごとで、いないの」
「……じゃあ、ばーちゃんの部屋とか?」
「おばあちゃまには、おやすみのキスのとき、ひとりでねむれるよって言っちゃったの」
「……はぁ」

つまり消去法で、俺の部屋まで来たってワケだ。
俺のついた盛大な溜息に、お嬢は不安そうに顔を上げる。

「あー。もう。そんな顔すんなよ……とりあえず廊下じゃアレだし、入れよ」
「う、うんっ」

俺は仕方ないとばかりの態度を取りつつお嬢を部屋に入れ、扉を閉めた。

「そんなに怖い夢みたのか? どんなん?」
「……んー。おぼえてない」
「なんだそりゃ……」
 
ベッドの上で適当に相槌をうって話を聞いてやっていると、やがて小さな手が目を擦りだした。ウトウトとしている体を横たえてやり、ぽんぽんと力加減に気をつけながら掛布団を叩いてやる。子守唄なんて知らない。
瞼を閉じた顔をじっと眺めていればやがて穏やかになる寝息に、ほっと息をついた。やれやれ。

「問題は……俺の寝る場所がねえってコトだ」

独りごちた後、どうすっかなーと天を仰いだのも数秒で。俺は躊躇なくベッドの隣の床にごろりと横になった。別にこの屋敷に来る前は、床や地面で寝るのが普通だったし。

「……───」

ベッドの上のお嬢が不意にふにゃふにゃとした寝言とともに俺の名前を呼んだ。
思わず笑ってしまい、尻尾がパタパタと揺れてしまった。
まったく、どんな夢見てんのか知らねーけど。今度こそ良い夢だと良いな、お姫さま。

Next