S & S

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真夜中に目が覚めると、狼の聴覚が微かな音を拾った。
布団を被ったまま薄らと目を開け、部屋の外に注意を向ける。
長い廊下を通り、こちらに向かい近づいてくる足音。一人か。床の軋み具合から、体重は軽い。女か。いや、子どもだ。……てことは。

「なーにやってんだ、こんな夜中に」
「っ!?」
 
部屋の前には案の定、お嬢の姿があった。
お嬢は急に開いた扉と俺がかけた声に肩をビクつかせる。大きな青灰色の瞳に零れそうなほどの涙を溜めて、くったりとしたクマのぬいぐるみを縋るように抱きしめていた。

「……遊ぶ時間はもう終わってんぞ。早く寝ろよ」
「こわいゆめみて。ねむれないの」
「……あー。だったら、パパかママんとこ行ったらどうだ?」
「とうさまも、かあさまも、こんやはおしごとで、いないの」
「……じゃあ、ばーちゃんの部屋とか?」
「おばあちゃまには、おやすみのキスのとき、ひとりでねむれるよって言っちゃったの」
「……はぁ」

つまり消去法で、俺の部屋まで来たってワケだ。
俺のついた盛大な溜息に、お嬢は不安そうに顔を上げる。

「あー。もう。そんな顔すんなよ……とりあえず廊下じゃアレだし、入れよ」
「う、うんっ」

俺は仕方ないとばかりの態度を取りつつお嬢を部屋に入れ、扉を閉めた。

「そんなに怖い夢みたのか? どんなん?」
「……んー。おぼえてない」
「なんだそりゃ……」
 
ベッドの上で適当に相槌をうって話を聞いてやっていると、やがて小さな手が目を擦りだした。ウトウトとしている体を横たえてやり、ぽんぽんと力加減に気をつけながら掛布団を叩いてやる。子守唄なんて知らない。
瞼を閉じた顔をじっと眺めていればやがて穏やかになる寝息に、ほっと息をついた。やれやれ。

「問題は……俺の寝る場所がねえってコトだ」

独りごちた後、どうすっかなーと天を仰いだのも数秒で。俺は躊躇なくベッドの隣の床にごろりと横になった。別にこの屋敷に来る前は、床や地面で寝るのが普通だったし。

「……───」

ベッドの上のお嬢が不意にふにゃふにゃとした寝言とともに俺の名前を呼んだ。
思わず笑ってしまい、尻尾がパタパタと揺れてしまった。
まったく、どんな夢見てんのか知らねーけど。今度こそ良い夢だと良いな、お姫さま。

7/10/2024, 7:15:54 PM