真夜中
「ちゃんと....ちゃんと好きだよ。」
「……そっか。」
分かってたけど、あなたはもう私の好きなあなたじゃないみたい。
でも、それを面と向かって分からせられるのもやっぱり辛いみたいだ。
時刻は0時半とかそこら。
立派な真夜中、私の恋は終わりを告げた。
10時半、残業終わりにあなたが迎えにきてくれて、そのまま近くのレストランに入った。
あなたは食べてきたから、と言ってドリンクバーとバニラアニスしか頼まなかったけど。
誰と食べたんだろう、あなたが浮気してると勘づいている私の頭はそんなことを考えながら誰かとメールで会話しているらしい携帯を片手に持っているあなたと会話する。
時々あなたから漏れるふふって言う笑い声とか、携帯に向けられた愛しそうな目線とかに気が狂いそうになりながら私は大して中身のない話を独り言のように話し続けた。
レストランを出るといつの間にか深夜0時を回っていて、雨が降っていた。
「……走る?」
「いや、傘持ってるから一緒に入ろ。」
「……ふふっ相合傘じゃん。」
「そうなるね。」
あぁ、あなたはもう忘れてしまったのかな、あの日のことを。
付き合い始めた頃、今日みたいに雨の日があった。
デート帰り、大雨が降っていた。
「うわ、雨降ってるよ。傘持ってないのに。」
「走れる?」
「え?まぁ、走れるけど……」
「じゃあ、走ろ!!」
「ぅえ っ」
マジか、気遣いとか母親のお腹の中に置いてきたのか、そう思った。
でも、雨の中を走るあなたがキラキラして見えて、メイク頑張ったのに取れちゃうなとか、泥、服にはねてないかなとか、全部どうでも良くなっちゃって二人で雨の中、笑いながら駆け抜けた。
その時は本当に、本当に楽しくてもっとあなたのことが好きになった。
でも、私知ってたよ。
あなたのカバンに折りたたみ傘がいつも入ってることを。
なんであの時、傘を持ってたのに走ろ!!って言ったのかはわかんないけど、あんなふうに二人とも濡れない傘を差し出すんじゃなくて、二人とも濡れてしまう手段を選ぶ、一緒に濡れてくれるあなたが好きだった。
愛おしそうに細める目も、笑い声も、笑った時の少し幼い顔も、走ろ!!って言ってくれる声も表情も私の手をひいてくれたあなたの手の温もりも全部私だけのものだったのに。
「………ねぇ、私のこと……好き?」
今にも消え入りそうな声が真夜中の少し静かな街に響く。
あなたはそんな私の顔を見ることもせず、折りたたみ傘を広げる。
「ちゃんと…ちゃんと好きだよ。」
「……そっか。」
あなたは知らないんだろうけど、知りたいとも思わないんだろうけど、嫌いって言われるより〝ちゃんと〟好きって言われる方が、何倍も、何十倍も苦しいんだよ。
誰とも仲良くなれなくて、小さい小さい失敗とか自分や、人の発言が気になって中学に入学してから一週間程度で不登校になった。
自分の心の脆さとか、みんなとの驚くほど大きな差とか、これからどうするのかとかに対する不安の大きさとか、先生たちにかける迷惑の大きさに笑いそうになりながら、今日も息をして、部屋で特にやることもやる気力もなくぼーっとする。
窓の、カーテンの、網戸の外から聞こえてくるチャイムとか、みんなの話し声、笑い声とかに焦りを感じながら今日も私、ちゃんと学校に行けないほど壊れてるのかなって思いながら心の中の大きな不安と布団を武器に戦う。
そんな時に思い出すのは、休み始めてから一週間とかそれぐらい経ったときのこと。
学校に行った。
みんなのとの差が少しでも埋まるように、この心の脆さを治すために、重い体を起こして吐き気という名の胃の不快感を感じながら学校に行った。
胃からは何も出なかったけど。
教室に入るとあぁ、あいつきたんだなっていう特に興味をなさそうなクラスメイトの視線と、先生から大丈夫だったのかっていう安堵の視線を向けられた。
そこで一日過ごして感じたのは、たった一週間でできたみんなとの大きな差。
みんながとても大人びて見えて、苦しかった。
勉強がとても進んでて、先生とみんなが仲良くなってて、みんなが仲良くなってて、学校生活にみんなが慣れてるような気がして、みんなが二年生とか三年生くらいに見えた。
失われた、私が失った時間をやけにリアルに感じて、とてもとても笑ってしまった。
失われた時間
一年後
「一年後もバレンタインちょうだいね。」
「......当たり前。」
俺たちのバレンタインは普通とはちょっと違う。
男の方がチョコを作って女の方がチョコをもら
うのだ。
もともとはお前がメシマズで、チョコも作らせた
らやばかったっていうところから始まったけど、
なんだかんだで毎年幸せなバレンタインデー
になってる。
でも今年は違った。
一月の半ばぐらいからお前からタバコの匂いがす
るようになって、一週間後にはいつも薬局とかで
売ってる物を使ってるお前が知らないお高めの化
粧品使ってたり、バレンタイン前になるとお前の
家のキッチンからチョコの匂いがして、ゴミ箱は
チョコ作ったんだなと一目見てわかるようになっ
てた。
お前がこう言うの隠すの苦手だったのは付き合い
はじめた頃から知ってた。サプライズとかめちゃ
めちゃ下手だったもんな。
隠すのが苦手って言うのが変わらないのは少し、
愛らしく思えた。
一年後のバレンタインもお前のためにチョコ作
って、それにお前がいつもみたいにちょっと苦い
とか、硬すぎるとかケチつけてくれる物だと思っ
てた。
でもそれも今年で終わりかもしれない。
一年後には、いや今もそうか、誰か違う男にお前
がチョコを渡してるんだな。
めっちゃ不格好で何入れたらそんな不味くなるん
だってぐらい不味い、お前の愛しいチョコを。
輝くネオンの下を通って帰路に着くお前の後ろ姿
を見て思う。
変わったなって。
中学生の時、初めて缶コーヒーというものを飲ん
だ。牛乳でコーヒーを薄めたものしか飲んだこと
がなかった私からしたら、缶コーヒーという物は
大人びたものに見えて、魅力的だった。
✳︎
その日、わたしは部活の帰りに部活の先輩と一緒
に学校にお金を持ってこないと言う校則と、帰り
に物を買わないと言う校則を破った。
校則を破ることに抵抗はあったけど、イケナイコ
ト、ワルイコトをしていると言う感覚は正直言っ
て好きだった。
夏の熱が残った、秋のことだった。
少し暗くなった帰り道の光る自動販売機で、
私はスポーツドリンクを、先輩は缶ジュースと間
違えて、缶コーヒーを買っていた。
しゅんとする先輩がなんだか酷く可哀想に見え、
交換しますか?と先輩にスポドリを差し出すとさ
んきゅ、と言って缶コーヒーを差し出して来た。
貸し1ですよと私が先輩をこづくと先輩がわかって
るよとはにかんだ。
まじかで見る先輩の笑顔はなんだかいつもと違っ
て私のほおを火照らせた。
先輩と帰路につき、熱いコーヒーを啜る。
初めて飲む缶コーヒーはあったかくて、苦かった
けど少し香ばしい味がして、先輩の匂いがした。
初恋の日
お題 病室
僕は天使だ。
天使と言っても人が死んでしまったらその魂を天まで運ぶ、そんなことをするぐらいで人に幸福を与えるとか言う能力はない。
天使同士の交流もないし、人にも見えないから話せる対象はゼロに近い。
でも完全にゼロってわけでもない。
霊感を持ってる奴には天使が見えて、話せたりする。
霊感って言っても、結構強い霊感持っていないとダメだ。弱いと天使は見えないし、話せない。
だから、話せる奴の顔は大体覚えてるよ。
少ないからね。
その中でも、特に印象に残ってるのが美人な女の子だった。
単に綺麗な見た目だったからってだけかもしれないけど、僕は彼女に恋をしていた。
恋が始まったのは会ってすぐの事だった。
切れ長の瞳、白い肌、薄紅色の唇。
一目惚れってやつだ。
でも、彼女は病気だった。
治る病気だけど、辛い病気。
僕は彼女と話すうちに僕はどんどん彼女に引き込まれていった。
彼女は僕を気味悪がることなく、僕の話を聞いたり、自分の面白い話を聞かせてくれたりした。
そして僕は、ひとつひとつの動作を目で追ってしまうほどに、恋に落ちてしまっていた。
そんな僕にとって幸せな時間はあっという間に過ぎて行き、彼女は退院した。
それは僕と彼女が出会ってから二年後のことだった。
退院してからも彼女とは話していたが、いつしか彼女と会うことはなくなり、話すこともなくなっていた。
今思い返しても、なぜ彼女に会いにいかなくなったのかなぜだかわからない。
でも、彼女の新しい出会いを妨げてはいけないと思ったからだと、思う。
僕はずっと彼女といるあまり、彼女は自分の時間より、僕との時間を優先してくれてたから出かけることも無くなって、良い人と出会うこともなくなっていたから申し訳なかったのかもしれない。
そんな彼女は今はもう、大人だ。
整った顔立ちの男の人と並んでウエディングドレスに身を包んでいる。
もうすっかり大人びた美しい顔にはあの頃の様な無邪気な笑みが浮かべられて、僕は少し涙が込み上げてくる。
彼女はもう僕が見えないようで、目の前に立っている僕には気づかない。
ウエディングロードを歩いていたときのこと、彼女は何かに気がついたように、後ろを振り返る。
僕がいた場所だ。
でも、もう僕はそこにはいない。
そこにはただ、天使の羽が一枚あるだけ。