つぶやくゆうき

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4/3/2023, 11:18:44 AM

もし1つだけ願いが叶うなら何を願う?
在り来りな質問で、でも答えに個性が出る質問。
ある人はお金が欲しい、恋人や家族が欲しい、豪華な家に不労所得で暮らしたいとか物欲を喚き散らすだろう。
ある人は過去に戻りたい、不老不死になりたい、異世界に転生してチートしたいとか現実的でないことを語り出すだろう。

僕もその1人だと思う。人生が上手くいっているとはお世辞にも言えない僕は幸せになるためにどんなものだって欲しいし、人生をやり直せるものなら何だってする。
楽ができるならそのために苦労しても良いし、他人のことが不幸になってもいいと考えている。

でも、僕の願いを1つだけ叶えてくれるのであれば、

「今すぐ誰にも迷惑を掛けずに僕を殺してくれ」


『1つだけ』

4/2/2023, 10:57:38 AM

ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。
規則的に鳴る無機質な音。
聞いたことがない訳では無い。誰もが聞いたことがあるとすら言える。
ただ、大抵は創作物の環境音に過ぎず特に感情の産まれるものでは無い音だ。

でも、実際の音は心臓を締め付けるほど痛々しい音だった。

白い部屋。ほのかな消毒液の香り。寝ている恋人についている様々な器具は、生きるためではなく生かすための器具。
目の前の視覚的情報、空間把握能力、事故の瞬間のフラッシュバック。
私の目の前にある全てが無機質な音にリアリティを付け足す。

「大丈夫ですか?そろそろ休まれては?」
後ろから声が聞こえた。多分、看護師だろう。
だが後ろを振り返ることも返事をすることもできない私はその声を無視する形になってしまう。
故意ではあるが意図的では無い。そんな言い訳を考えながら目の前の恋人を見つめ続ける。

「兵藤さん。そろそろ休まないとあなたの方が身体を壊しますよ。」
看護師は話を続ける。心配してくれているのは有難いが、目の前には私よりも酷い状態の恋人がいるのだ。
目を離すこともましてやここから離れることなど出来るわけない。

「あなたが動かない理由も分かります。ですが、あなたがここにいることが患者にとって幸せだと思いますか!」
少し語気を荒らげる看護師と反比例するかのように私は冷静になっていく。
何故、他人が分かったかのような言葉を吐くのだろうか。
あれだけ酷い事故にあったんだ。私はただいつも通りに運転していただけなのに。大型トラックが横から突っ込んできたんだ。そして恋人が目を覚まさなくなった。
その悲しみを知ったかのような口を聞くな。

それでも言葉を紡ぐ看護師。
「どうかお願いします!あの事故を思い出してください!兵藤さん!!!本当にこのままでいいのですか!このままではあなたが愛する人を殺してしまいますよ!」
思い出す?その言葉が耳に残る。何回もフラッシュバックしてることだ!忘れるわけないだろ!
ショッピングモールに行くために国道を走っていたら、交差点で暴走トラックとぶつかったんだ!あの時も左右を確認して直進したにも関わらず、右側からぶつかってきたんだ!!

右側?
恋人は助手席に座っていてこの状態になってしまった。
運転席に座っていた私は無傷で済むはずはないよな?

不思議に思って後ろを振り向く。
そこに居たのは看護師とは程遠い、全身を黒で包み込んだかのような服装の女性だった。

「やっと見てくれましたね。兵藤さん。」
私の姿を見て微かな笑みを浮かべた女性は一言。

「あなたはもう亡くなっております。」

私もわかっていた事実を言霊にして投げつけた。
それは私の心臓を掴み握りつぶした。
そうか。もうこの世にいることは、恋人を縛り付けることは、もしかしたらここに居るだけで、
私の大切なものは不幸になるのだろう。

「ありがとう。もう大丈夫です。」
私は女性に伝えると同時に意識を失う。

急な別れで寂しいかもしれないけれど、
どうか私よりも幸せになって下さい。
愛しているよ。

『大切なもの』

4/1/2023, 11:13:14 AM

4月1日。エイプリルフール。
画面の上の世の中じゃ、ちょっとしたお祭り。
午前中だけ嘘を言っても冗談として捉えられる、合法的なジョークの祭典。というよりは自分なりの嘘を作っては見せ合う日だ。

でも俺にとっては大事な大事な誕生日だった。
なんとなく言いづらい誕生日。
学校なんかじゃ春休みだから祝ってくれるわけでもなければ、新しい友達に誕生日を伝えれば少し気まずくなる。
「ごめんね、もうおわってたんだね。」
何度言われたことか。
謝ることは無いはずで笑顔で流せるたわいも無いことなんだけど、心に引っかかってしまう。

しかも4月1日というのは忙しい日なのだ。
両親が教師をしているから、新学期の準備で忙しい。
なんなら春休みに宿題がないのは先生が忙しいからと言われているように、この時期の2人には余裕が無い。
教師の子とは否応にも世間体が良いか反抗的になるか2択になる。
自分よりも生徒のことを考えている親のことなど好きになれるものでは無い。
だから、この日はいつも孤独に感じてしまう。

もちろん祝ってくれる人がいないわけではないし両親も忙しいながらもケーキを用意してはくれるが、なんとなく肩身が狭かったりする。
別のことで楽しくしているなか祝ってくれる様子であったり、忙しい雰囲気を醸し出しながらも祝っている様子が、

どことなく嘘にしかみえないのだ。
エイプリルフールだからね。

だから僕も嘘をつく。
「ありがとう。いつも感謝してるよ。今年もよろしくね。」

『エイプリルフール』

3/31/2023, 9:52:54 PM

「次は〜神奈川〜」
電車のアナウンスに最寄り駅の名前を呼ばれ、重い瞼をゆっくりと開く。
いつもは前の駅で自然と目が覚めるのだが、今日は疲れているのだろう。
寝ぼけた頭を起こすために音楽アプリを開きお気に入りの曲を流す。一昔前の流行りの曲。今の曲と比べると音質の差もあるがメロディは単調でベースもドラムも軽い。
ただそのぐらいが寝起きの頭にちょうど良かった。

最寄り駅に着き帰路についても曲を流していた。
時間はお昼に近い朝。登校中の生徒はいないが散歩している親子がいるような時間。
気持ちのいい日差しが夜勤明けの身体を蝕み、疲労感を足していく。
仕事を終えるとこの時間に帰るのが当たり前ではあるのだが、世間様と時間感覚がズレていくのは慣れたもんじゃない。
耳に入る音楽が周りの雑音を消してくれなければ、家に着く前に発狂してしまうかもしれない。いや実際はそんなことにはならない。そんなことをする体力もなければ常識の枠から外れる勇気もない。
そんな不毛なことを考えていると、無意識のうちに家の鍵を開け帰宅していた。

「ふぅ〜はぁ〜生き返る〜」
それからルーティンのご飯、お風呂、洗濯を済まし、あとは疲れた身体を布団に預けるだけとなった。
ここまでくると心も軽くはなるが明日も仕事だと思い出しては少しため息が出る。
でも眠くなるまでの少しの自由時間ぐらいは仕事のことは忘れておこう。
そう思いながらいつも通り据え置きゲームの電源を付ける。そしてオンラインで敵と戦うゲームを起動する。敵を倒せば喜び、知らぬ間に倒されれば叫ぶ。
何も自分の思い通りにはいかないサバイバル。非日常感が脳を包み込む。それが快楽となり気持ちが軽くなる。

「楽しい〜!」
仕事終わりの至福の時間。取って付けたような余暇ではあるが、人を守る仕事をしている以上、ストレスは消していきたい。
ここまでプライベートを仕事に合わせて調整しているのだから、どうか仕事上関わる人ぐらいは幸せになってほしい。
たとえ、片足がなかろうが言葉も出せなかろうがベットから動けなかろうが。幸せに生きて欲しい。

『幸せに』

3/30/2023, 11:41:22 AM

『何気ないふり』

木曜日の5時間目。
週末に近づくにつれ増える気だるさやお昼ご飯後の眠気などがクラスメイトを一人またひとりと、机を抱きしめ瞼を落とす。
しかも科目は古文。分かりそうだけど難解な母国語をつらつらと板書と口頭で説明していく先生についていけず、諦めて机に突っ伏す生徒も少なくない。
だが、そんな状況は露知らず、いや本当はこの時間帯は眠くなるのも仕方ないと許容しているのだろう。
先生は寝ている生徒を注意することなく授業を進めていく。

そんなクラスメイトの状況とは真逆で私はこの授業に必死だ。古文は苦手だし、先生の板書のスピードは群を抜いて早い。
懸命にノートを写し、口頭で言ったキーワードを拾い、どうにか見やすいようにノートをまとめていく。

こんなにも必死なのは決して古文の成績を上げたいだとかテストで良い点を取りたいとか、そんな浅はかな理由ではない。
ただ木曜日の5時間目だけは眠ることは許されないのだ。

「はい。今日はこの辺でおしまい。余った時間は自習でいいからね。」
そう。先生は10分ぐらい前に授業を切り上げ自習とする。
だがこの時間に起きているのはクラスの中で2〜3人といったところだ。大半が寝ているから授業を切り上げるのだろう。
そしてこの時間が私は愛おしくて仕方ないのだ。

私はこの時間をひたすら先生の顔を見て過ごす。
高く通った鼻筋、凛々しい口元、大きめのタレ目に縁の太いメガネ。
私はこの先生に片思い中なのです。
だからこの時間だけは寝るなんてもったいない。だって合法的に見つめられるんだもん。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

(なんて、考えててもおかしくないなぁ〜)

口元が緩みきった女生徒を見て、ため息を吐きそうになる。
この時間帯は生徒には厳しいらしくどうしても突っ伏す生徒が大半。
まぁ自分が生徒の時もお昼後の古文なんて子守唄も同然に思っていたので多少は仕方ないと思う。
そのため、さほど授業は進めずテストに出るキーワードを伝えて自習にしていたのだが、この時間だけは気迫が違う生徒が1人だけいた。
しかもその気迫は自習の時には影を潜めるどころかまるで別人のように無くなり、今度は緩みきった顔でこちらを見てくる。
目を向ければ必ず目が合うがすぐに顔を背けているため、本人は気づかれていないと思っているのだろう。

(古文の成績が上がってくれればそれでいいか。)
少し投げやりに、でも生徒なので気にかけてはあげようという中途半端な気持ちで見て見ぬふりをしているのだが、

何気なく目線が向いてしまうのは仕方ないことだと言い訳を始めてしまうのは、そう遠くない未来だった。

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