つぶやくゆうき

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『何気ないふり』

木曜日の5時間目。
週末に近づくにつれ増える気だるさやお昼ご飯後の眠気などがクラスメイトを一人またひとりと、机を抱きしめ瞼を落とす。
しかも科目は古文。分かりそうだけど難解な母国語をつらつらと板書と口頭で説明していく先生についていけず、諦めて机に突っ伏す生徒も少なくない。
だが、そんな状況は露知らず、いや本当はこの時間帯は眠くなるのも仕方ないと許容しているのだろう。
先生は寝ている生徒を注意することなく授業を進めていく。

そんなクラスメイトの状況とは真逆で私はこの授業に必死だ。古文は苦手だし、先生の板書のスピードは群を抜いて早い。
懸命にノートを写し、口頭で言ったキーワードを拾い、どうにか見やすいようにノートをまとめていく。

こんなにも必死なのは決して古文の成績を上げたいだとかテストで良い点を取りたいとか、そんな浅はかな理由ではない。
ただ木曜日の5時間目だけは眠ることは許されないのだ。

「はい。今日はこの辺でおしまい。余った時間は自習でいいからね。」
そう。先生は10分ぐらい前に授業を切り上げ自習とする。
だがこの時間に起きているのはクラスの中で2〜3人といったところだ。大半が寝ているから授業を切り上げるのだろう。
そしてこの時間が私は愛おしくて仕方ないのだ。

私はこの時間をひたすら先生の顔を見て過ごす。
高く通った鼻筋、凛々しい口元、大きめのタレ目に縁の太いメガネ。
私はこの先生に片思い中なのです。
だからこの時間だけは寝るなんてもったいない。だって合法的に見つめられるんだもん。

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(なんて、考えててもおかしくないなぁ〜)

口元が緩みきった女生徒を見て、ため息を吐きそうになる。
この時間帯は生徒には厳しいらしくどうしても突っ伏す生徒が大半。
まぁ自分が生徒の時もお昼後の古文なんて子守唄も同然に思っていたので多少は仕方ないと思う。
そのため、さほど授業は進めずテストに出るキーワードを伝えて自習にしていたのだが、この時間だけは気迫が違う生徒が1人だけいた。
しかもその気迫は自習の時には影を潜めるどころかまるで別人のように無くなり、今度は緩みきった顔でこちらを見てくる。
目を向ければ必ず目が合うがすぐに顔を背けているため、本人は気づかれていないと思っているのだろう。

(古文の成績が上がってくれればそれでいいか。)
少し投げやりに、でも生徒なので気にかけてはあげようという中途半端な気持ちで見て見ぬふりをしているのだが、

何気なく目線が向いてしまうのは仕方ないことだと言い訳を始めてしまうのは、そう遠くない未来だった。

3/30/2023, 11:41:22 AM