つぶやくゆうき

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ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。
規則的に鳴る無機質な音。
聞いたことがない訳では無い。誰もが聞いたことがあるとすら言える。
ただ、大抵は創作物の環境音に過ぎず特に感情の産まれるものでは無い音だ。

でも、実際の音は心臓を締め付けるほど痛々しい音だった。

白い部屋。ほのかな消毒液の香り。寝ている恋人についている様々な器具は、生きるためではなく生かすための器具。
目の前の視覚的情報、空間把握能力、事故の瞬間のフラッシュバック。
私の目の前にある全てが無機質な音にリアリティを付け足す。

「大丈夫ですか?そろそろ休まれては?」
後ろから声が聞こえた。多分、看護師だろう。
だが後ろを振り返ることも返事をすることもできない私はその声を無視する形になってしまう。
故意ではあるが意図的では無い。そんな言い訳を考えながら目の前の恋人を見つめ続ける。

「兵藤さん。そろそろ休まないとあなたの方が身体を壊しますよ。」
看護師は話を続ける。心配してくれているのは有難いが、目の前には私よりも酷い状態の恋人がいるのだ。
目を離すこともましてやここから離れることなど出来るわけない。

「あなたが動かない理由も分かります。ですが、あなたがここにいることが患者にとって幸せだと思いますか!」
少し語気を荒らげる看護師と反比例するかのように私は冷静になっていく。
何故、他人が分かったかのような言葉を吐くのだろうか。
あれだけ酷い事故にあったんだ。私はただいつも通りに運転していただけなのに。大型トラックが横から突っ込んできたんだ。そして恋人が目を覚まさなくなった。
その悲しみを知ったかのような口を聞くな。

それでも言葉を紡ぐ看護師。
「どうかお願いします!あの事故を思い出してください!兵藤さん!!!本当にこのままでいいのですか!このままではあなたが愛する人を殺してしまいますよ!」
思い出す?その言葉が耳に残る。何回もフラッシュバックしてることだ!忘れるわけないだろ!
ショッピングモールに行くために国道を走っていたら、交差点で暴走トラックとぶつかったんだ!あの時も左右を確認して直進したにも関わらず、右側からぶつかってきたんだ!!

右側?
恋人は助手席に座っていてこの状態になってしまった。
運転席に座っていた私は無傷で済むはずはないよな?

不思議に思って後ろを振り向く。
そこに居たのは看護師とは程遠い、全身を黒で包み込んだかのような服装の女性だった。

「やっと見てくれましたね。兵藤さん。」
私の姿を見て微かな笑みを浮かべた女性は一言。

「あなたはもう亡くなっております。」

私もわかっていた事実を言霊にして投げつけた。
それは私の心臓を掴み握りつぶした。
そうか。もうこの世にいることは、恋人を縛り付けることは、もしかしたらここに居るだけで、
私の大切なものは不幸になるのだろう。

「ありがとう。もう大丈夫です。」
私は女性に伝えると同時に意識を失う。

急な別れで寂しいかもしれないけれど、
どうか私よりも幸せになって下さい。
愛しているよ。

『大切なもの』

4/2/2023, 10:57:38 AM