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6/12/2024, 8:04:32 AM

 実家の家族に別れを告げ、ホームに滑り込んできた新幹線に乗り込む。予約していた自分の指定席に座ると、ちょうど時間になったのか、窓の外がぬるりと動き出した。席の窓から見える景色は、小さい頃から見慣れた街並みだ。少し先に見えるあの橋、よく通ったな。新幹線の線路の下を通るこの道路、おばあちゃんちに行くやつだ。そんな見慣れた景色が、新幹線が進むにつれて、見慣れない景色へと変わっていく。

 完全に見慣れない景色になると、まるで新幹線の窓枠で切り取られた異世界を覗き込んでいるかのような気持ちになる。目の前に広がる空と田んぼ、田んぼの上を柱で支えられ、螺旋のように伸びていく高速道路を、知らない人が乗る車やトラックが飛ばしながら走っていく。爽やかな自然の営みと無機質な人工物の混ざっていくこの光景は、地元でも今住んでいる街でもお目にかかることはないだろう。

 新幹線が少し進むと、川の横の小道を自転車で走る、制服を着た学生が見えた。自転車と新幹線という別々の乗り物で、知らない学生とすれ違っていく。雑談をしているのか、笑いながら、少しふらつきながら走っていく学生は、社会でくたびれた私にとっては懐かしい青春そのもので、とても眩しかった。

 降車予定の駅に近づくにつれ、だんだんと山や田んぼといった自然が少なくなってきた。家が並ぶ住宅街に突如突き刺さったかように空へ伸びる綺麗なビルは、新しくできたマンションだろうか。どんな人が住んで、どんな生活を送るのだろう。思いを馳せていると、今度は高いビルだらけになってきた。少し前までは見なかった行き交う人の群れが見える。そんな中、何度も聞いたメロディと共に、アナウンスが流れた。
「次は、〇〇、〇〇です。お降りのお客様は――」

 さて、異世界見学ツアーは終わった。荷物をまとめよう。席を立ちドアを抜け、ホームに出ると、ザワザワと人の話し声と駅のアナウンスが飛び交っていた。
 いつもの光景に、少し安心する。ここが私が今生きている街だ。

『街』
その人が見ている、生きている「世界」

6/11/2024, 8:27:47 AM

 カタカタとキーボードの上で指が踊る。ざわざわと話し声があちこちから飛んでくる会社のオフィスで、こんな資料、何のために作ってるんだと考えてため息が出た。気分転換に窓の外の空を見上げると、どこまでも青くて、高くて広い。俺はこんなに狭い会社に拘束されているのになぁと虚しくなった。だが、仕方ない。生活費のため、生きるためなのだ。気を取り直してデスク上のPCに視線を戻し、中途半端になっている資料作成を再開した。
「おーい、ちょっといい?」
「はーい」
 上司が俺を呼ぶ声が聞こえ、席を立つ。メモ帳を持ち、上司の机に向かう。
「昨日出してくれた資料、ここってどういう意味?」
「ああ、それはですね……」
 俺の説明に眉を寄せる上司に、ああ、これは残業確定だなと肩を落とす。幾度かのやり取りの末、案の定、資料は再作成となった。

 夜、ゾンビのように歩く疲れた顔の人々の横を、足早に通り抜けた。やっと会社という拘束から抜け出したという開放感に、回転が鈍くなっていた頭が動き出した。さあ、今からは俺だけの時間だ。何をしようか。そんなものは決まっている。
 見慣れた帰り道をさっさと通り過ぎ、家に到着した。そして風呂、ご飯、その他家事等の生きるための作業を片付け、そしてPCの電源を入れた。
 そこには、昨日まで描いていたイラストが広がっていた。ペンタブを手に取り、一心不乱に線を、色を重ねていく。
「やっっとできたぁ……!」
 ふう、と息を吐く。ぱっと時計をみると、いつのまにか日付が変わろうとしていた。今日中に完成できるだろうと頑張った甲斐があった。……資料作成がなければ、もっと早く完成していただろうに。
 早速、SNSに完成したイラストを投稿してみる。今回は自信作だ。少しくらい反応をもらえたらいいな。正直なところ、俺のイラストはあまり上手くない。SNSのフォロワーだって多くない、というか少ないし、反応だって2桁あるか無いか。でも、それで良いと思う。
 ピコン、とSNSの通知が鳴った。イラストをあげるたびにコメントをくれるフォロワーが1人いるのだが、そのフォロワーが今回もコメントをくれるのではないかといつも楽しみにしている。今の通知も、そのフォロワーのものだった。その内容は、今回も俺のイラストを褒めてくれるもの。嬉しくて、思わずニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべてしまった。
 さて、と満足した俺は、寝る準備をする。明日から何のイラストを描こうか。そう考えるだけで、明日の仕事も乗り切れるように感じた。

『やりたいこと』
生きる活力になる。


(時間がなくて最後雑になってしまったという言い訳)

4/16/2024, 5:12:49 AM

「結婚式を挙げることにしたの。よかったら来てね」

 そう言われて、職場の先輩から綺麗な白い封筒を受け取ったのは昼休みのことだった。先輩、彼氏いたのかとか、籍いつ入れたんだとか驚きつつ、絶対に行きますと微笑む。
 これ、あいつも受け取ったのだろうか。

 「あいつ」は、職場の同期であり、私の好きな人だ。そしてあいつが好きな人は、今しがた私に封筒を渡してくれた先輩だったはずだ。焦燥と僅かな歓喜が混ざった得体の知れない何かが、心の中に湧き出て踊り始める。そっとあいつの席の様子を伺うと、あいつは席に座って、茫然と私と同じ封筒を見ていた。
 こういうとき、何て声をかければいいのか分からないな。そっと近づいて、とりあえず思いついたことを言ってみる。

「ねえ」
「…………」
「今日、飲みに行こうよ。話くらいなら聞くからさ」
「…………いく」

 ちょっと涙声の返事が返ってきた。
 私たちは、何かあれば帰りに近くの居酒屋で愚痴り合うくらいには仲が良い。と思う。他にも同期はいるが、席があるフロアが違ったり、配属した部署が地方だったりであまり交流がない。私たちは運良く席が近かったのだ。配属された当時はすごく嬉しかった。
 仕事をさっさと片付けて、帰る準備をする。お先に失礼します! と、あいつが元気よく挨拶して部屋から出て行くのを見えた。……無理してるなぁ。
 カバンを持つと、今朝、例の封筒を渡してくれた先輩から声をかけられた。

「相変わらず仲いいね。今日も行くの?」
「へへ、まあ」
「そっか、いってらっしゃい」
「ありがとうございます。お先で〜す」

 先輩からの頑張れという視線をもらいつつ、会社を出る。先輩は私があいつのことが好きだと言うことを知っているのだ。というか、私が自分でバラした。恋愛に慣れない自分の精一杯の牽制のつもりだったのに、先輩には既に将来を誓った相手がいたなんて。ただ自分の好きな人を暴露しただけになってしまった。あーあ、馬鹿みたいだ。そういえば好きな人を告げた時も、なんともない様子で応援してるよ、って言ってくれた気がする。あの時からもう相手がいたのかもしれない。そう考えているうちに、いつもあいつと飲んでいる居酒屋についた。
 店員にテーブルに案内してもらうと、彼はビールを片手に、テーブルに突っ伏していた。

「おつかれ」
「…………マジ無理」
「だろうねー」

 私もとりあえず何か注文を……レモンサワーとかにしておこう。きっとこいつは限界まで飲むだろうから、私まで潰れるわけにはいかない。

「だってさ、結婚!?!? 彼氏いるんだ、とかもなかったのに!? 結婚ーーー!?」
「あれは私もびっくりした! でも最初から相手いたんだって、たぶん」
「俺、立ち直れないわ」

 頭を抱えるこいつに、なんとも言えない気持ちになる。この居酒屋では、愚痴の他にも、こいつが先輩をどのくらい好きかというのをさんざん聞かされた。他にもエレベーターで一緒になっただとか、頑張ってるねってお菓子を貰っただとかの他愛のない話まで。別に私だってお菓子貰ったしと言ってしまいそうなところを飲み込みながら話に付き合っていたっけ。
 想いに耽る私の目の前で、泣き言を言いながらビールを流し込むように飲んでは店員に注文し、またビールを流し込み、を繰り返し、だんだん呂律が回らなくなってきたこいつに、そして自分にも、なんだか哀れみを感じてきてしまった。こいつの顔は涙と鼻水とビールでぐちゃぐちゃだ。何で私はこいつのことを好きになってしまったんだろうか、とぐちゃぐちゃの顔を見ながら溜息をついた。

「届かぬ想い」
こいつの目には先輩しか映っていなかったから。

2/16/2024, 7:56:23 AM


拝啓 10年前の私へ
雨水の候、益々ご活躍のことと存じます。

今から10年前と言うと、「あー仕事無理ー、この仕事向いてなーい!」と思いつつ、変に転勤になっても嫌なので大人しくしている頃でしょうか。あの頃が懐かしいです。今では仕事にもなれてぼちぼちとこなしています。
 さて、過去の自分宛にせっかく手紙を書けるのですから、過去にやっておけばよかったことを書いておこうと思います。まず、部屋の片付けをしてください。引っ越す時に、退去費用がまずいことになります。私が掃除大嫌いということは分かっていますが、少しずつでいいのでやってください。
 掃除してと書いた時点で何も変わっていないということは、掃除してないよね? あなたは我儘だし、天邪鬼だし、硬く絞った雑巾と同じくらい性格が捻くれていますし、とても面倒くさがりですからね。今でも変わらないのですから、10年前の私が変わっているはずがないでしょうし。あーこの手紙すら書くのが面倒になってきた。てか今時、手紙って何? 10年前ってメールあったよね? アプリもあったよね? それでいいじゃん。まあでも仕方ないよね、手紙しか送れないってスタッフの人が言ってるし。あとはやってほしいことを書いておくので、よしなに頑張ってください

(箇条書きで要望が羅列しているので省略)

そんな感じでよろしくー

敬具


 差し出し名を書き忘れている。いや、忘れているわけではなく、わざと書いていないのかもしれない。なるほど、なんともテキトーな内容のこの手紙は、紛れもなく10年後の私からだろう。最初は丁寧に書かれた文字や言葉遣いも、下に行くにつれてだんだん雑になっていった。句読点もなくなってるし。面倒くさがりは10年経っても治ってないのか。「敬具」と書いているところだけ、成長しているのかな。
 返事は書かなくていいだろう。手書きとかめんどいし。それに10年後の私は、私の返事が分かっているのだから。


「10年後の私から届いた手紙」
でも、掃除だけはやっておこうかなぁ。

2/9/2024, 7:20:07 AM


 もう日が落ちた夜、某コーヒー店にて。
「あ、あ、あの、スマイルください!!」
「……ええと、申し訳ありません、当店ではそのようなサービスは提供しておりませんので……」
 羞恥を振り切ったような声で注文する俺の前で、俺と同年代だろう女の子が困った顔をしている。本当にごめん、君が悪いわけじゃないよ。俺が全て悪いよ。

 高校の部活が終わった後、仲のいいメンバー同士でちょっとした試合をしたのだ。負けたやつが罰ゲームをするという条件付きで。結果、負けた俺が「コーヒー店でスマイルを注文する」という、下手したらネットでネタにされそうな罰ゲームをやっている。ていうか、誰だよこの罰ゲーム考えたの。最近のニュースを見てないのか!?
 幸い、カウンターの女の子は困った顔をしただけだ。
「で、ですよね、すみません……。……その。オリジナルブレンドコーヒーのホット、Sサイズをひとつください。あっ、テイクアウトで」
「オリジナルブレンドコーヒーSサイズのホット、テイクアウトですね。そちらのカウンターでお待ちください」
 少しの罪滅ぼしにと、コーヒーを買って店を出る。流石に店内で飲む勇気はない。外に出ると、メンバーたちがニヤニヤしながら立っていた。
「お疲れー! どうだった?」「マジでやったのかよ!」「あの店員さん、可愛かったな」などなど、呑気に自由に楽しそうに俺に声をかけてきた。
「うるせーっ!」
 そりゃ外野は気楽だろうよ! 負け惜しみに大声を出して、ちょうどよい温度になってきたコーヒーを飲む。あ、美味いなこれ。また買いに来よう。……1ヶ月くらい後に。
 
「あ」
「ん?」
 次の日の朝、学校へ行く途中の信号待ちで、横に立っていた女の子がこっちを見て声を上げた。思わず振り返る。俺の高校の近くにある別の高校の制服だ。なんだかどこかでみたことあるような。
「昨日、うちの店に来てた人ですよね!」
「えっ……。…………ああ!」
 思い出した。昨日の出来事を無かったことにしたくて、全力で忘れたのに思い出してしまった。昨日、スマイルを注文した時にカウンターに立っていた女の子だ。俺は即頭を下げる。
「その節は大変申し訳ございませんでした」
「いえ、大丈夫ですよ。たまにそういう人いますし」
 たまにいるのか。俺は人のこと言えないが、世界終わってるな。
「それより、いいんですか?」
「え、何がですか?」
 ニヤリといたずらを考えた子供のように笑う彼女。
「今ならサービス出来ますけど?」
 驚いた顔をしている俺に、彼女はにっこりと微笑んだ。彼女は、意外とお茶目なようだ。

『スマイル』

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