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 もう日が落ちた夜、某コーヒー店にて。
「あ、あ、あの、スマイルください!!」
「……ええと、申し訳ありません、当店ではそのようなサービスは提供しておりませんので……」
 羞恥を振り切ったような声で注文する俺の前で、俺と同年代だろう女の子が困った顔をしている。本当にごめん、君が悪いわけじゃないよ。俺が全て悪いよ。

 高校の部活が終わった後、仲のいいメンバー同士でちょっとした試合をしたのだ。負けたやつが罰ゲームをするという条件付きで。結果、負けた俺が「コーヒー店でスマイルを注文する」という、下手したらネットでネタにされそうな罰ゲームをやっている。ていうか、誰だよこの罰ゲーム考えたの。最近のニュースを見てないのか!?
 幸い、カウンターの女の子は困った顔をしただけだ。
「で、ですよね、すみません……。……その。オリジナルブレンドコーヒーのホット、Sサイズをひとつください。あっ、テイクアウトで」
「オリジナルブレンドコーヒーSサイズのホット、テイクアウトですね。そちらのカウンターでお待ちください」
 少しの罪滅ぼしにと、コーヒーを買って店を出る。流石に店内で飲む勇気はない。外に出ると、メンバーたちがニヤニヤしながら立っていた。
「お疲れー! どうだった?」「マジでやったのかよ!」「あの店員さん、可愛かったな」などなど、呑気に自由に楽しそうに俺に声をかけてきた。
「うるせーっ!」
 そりゃ外野は気楽だろうよ! 負け惜しみに大声を出して、ちょうどよい温度になってきたコーヒーを飲む。あ、美味いなこれ。また買いに来よう。……1ヶ月くらい後に。
 
「あ」
「ん?」
 次の日の朝、学校へ行く途中の信号待ちで、横に立っていた女の子がこっちを見て声を上げた。思わず振り返る。俺の高校の近くにある別の高校の制服だ。なんだかどこかでみたことあるような。
「昨日、うちの店に来てた人ですよね!」
「えっ……。…………ああ!」
 思い出した。昨日の出来事を無かったことにしたくて、全力で忘れたのに思い出してしまった。昨日、スマイルを注文した時にカウンターに立っていた女の子だ。俺は即頭を下げる。
「その節は大変申し訳ございませんでした」
「いえ、大丈夫ですよ。たまにそういう人いますし」
 たまにいるのか。俺は人のこと言えないが、世界終わってるな。
「それより、いいんですか?」
「え、何がですか?」
 ニヤリといたずらを考えた子供のように笑う彼女。
「今ならサービス出来ますけど?」
 驚いた顔をしている俺に、彼女はにっこりと微笑んだ。彼女は、意外とお茶目なようだ。

『スマイル』

2/9/2024, 7:20:07 AM