運命の人は2人いるらしい。
1人目は愛することと失うことの辛さを教えてくれて、2人目は不変の愛を教えてくれる人、なんて、そんなの迷信だ。
夢物語に縋りたい人達の腑抜けた思想だと、君と出逢うまでは、本気でそう思っていた。
「本当、変わったよね」
付き合ってから、周りの人達に何度も言われた。
そう思った理由を聞くと、大抵、誤魔化された。
「私たち、運命だと思うの」
恥ずかしい台詞を、恥ずかしげもなく言う彼女に、本当にそうだったらいいな、と思った。
「子どもができたらさ、愛って漢字をつけたいな」
僕達は、きっと誰よりも幸せだった。
「ちゃんとご飯食べるんだよ」
「そっちもね」
お互い、ずっと、わかっていた。
今まで見ないふりをしてきた。
付き合ってから弱くなったこと、好きだけじゃ一緒に居られないこと、それでも一緒に居たかったこと。
「じゃあ、またね」
きっともう、僕たちが会うことはないだろうけど、
君は間違いなく、僕の運命の人だった。
《君と出逢って》
最初に言い訳だけさせて欲しい。
私は故意に、このロッカーの中に居た訳じゃない。
帰宅中、机の中に明日提出の課題を忘れたことに気がついて引き戻したのだ。
ようやく課題をバッグに入れた頃、クラスの人気者の岩井くんと格好良いと有名な音無くんの声が聞こえて、咄嗟にロッカーに隠れてしまった。
「やっぱ、うちのクラスだったら茉由ちゃんが1番可愛いと思うんだよな〜」
岩井くんの言ってることに、確かに、と狭くてホコリ臭いロッカーの中で納得した。
茉由ちゃんは、ふわふわな茶色の髪が似合う華奢な女の子で、その可愛さは学年でも有名なくらいだった。
「雪は?誰?」
雪、というのは音無くんのことで、彼もまた、格好良い、無気力だがそこが良いと学校で有名な人だった。
「俺は、藍沢さんが可愛いと思う」
今、なんて言った?
「藍沢って、うちのクラスの藍沢美紅?!」
「うん」
藍沢美紅、というのは私のことだ。
聞き間違いかとも思ったし、同姓同名の可能性も考えたが、このクラスに藍沢美紅なんて名前、私しかいない。
私が音無くんと話をしたのは、このクラスになってから1ヶ月くらいのことで、後にも先にも、その1度きり音無くんとは話をしていない。
それなのに、学校の王子様が私みたいな女を何故?というのが正直なところだった。
「ブスってわけじゃないけど、正直地味っていうかさ〜、なんで藍沢?」
「色が白くてスラッとしてて、黒髪綺麗だし」
体調の悪そうな白い肌も、真っ黒な髪の毛も、無駄に高い身長も、私にとっては全部嫌いな要素で、音無くんが私を可愛いと言ってくれる理由が、尚更見つからない。
「前に、藍沢さんが落とした消しゴム拾ってあげたことがあって、その時に、優しいねって変な味の飴くれて、嬉しかったんだよね」
「それだけ?」
「きっかけなだけだよ、誰にでも優しくてニコニコしてるところが可愛いなって、俺にとっては藍沢さんだけが可愛く見える」
変な味の飴ってなんだよって、心の中でツッコミをいれながらも、私は自分でも分かるくらい顔が熱くなっていくのを感じた。
「あ、これ藍沢さんには内緒ね。俺、自分で頑張りたいタイプだから」
そう言う彼の顔は見えないけれど、彼は案外、無気力ではないのかもしれない。
《耳を澄ますと》
ベッドの軋む音、火照った頬、荒い息遣い、何回目かも分からない行為は私を満たした。
「豊くん、もう帰るの?」
「そろそろ帰らないと、明日も仕事だし」
そう言って笑う彼は、格好良い。
彼とは、友達が紹介してくれたことがキッカケで出会った。
話が合って、優しくて、気づいたら私達は一緒にいた。
「豊くん、ちゅーして?」
「また今度ね」
そう言って私の頭を撫でては荷物をまとめる彼。
「また連絡するね、だいすきだよ」
そう言って部屋を出ていく彼は、本当にずるい人で、でも嫌いになれなかった。
私ばかりが豊くんの沼から抜け出せなかった。
豊くんが居なくなった部屋で、しばらく、だらだらと過ごしていると、電話が鳴った。
相手は、豊くんを紹介してくれた友達だった。
「もしもし真緒?どうしたの?」
「私、浮気されてるかもしれないの」
不安がる友達に、大丈夫だと心の底から思った。
豊くんは、本命にしかキスしないから。
「それは、大丈夫なんじゃない?豊くんは、真央一筋だもん」
《二人だけの秘密》
22時38分。
宮下 蒼と書かれてる画面をスワイプする。
「もしもし」
「あ、瑠菜ちゃん、急にごめん!高野です!今、宮下と飲んでたんだけど、こいつ、瑠菜ちゃん来ないと帰らないとか言い出してさ」
蒼くんの名前でかかってきた電話は、高校のクラスメイトの高野くんからだった。
「分かった、どこにいるの?」
高野くんから居酒屋の場所を聞いて、蒼くんの迎えに行くことにした。
蒼くんに呼び出されるのはこれで何回目か、もう、分からない。
「蒼くん、帰ろ」
「あ〜!るな!なんでいるの〜?」
「蒼くんが高野くんに言ったんでしょ?」
「あー、そうかも」
ごめんごめんと笑う蒼くんは、ずっと変わらない。
高野くんに謝って、私は蒼くんを車に乗せた。
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( 蒼side )
「瑠菜、こっち方面違う」
「あってるよ、蒼くんの家こっちだよ」
2人の家とは反対方向に車を進める瑠菜を見て、咄嗟に違うと言ったものの、間違っていたのは俺の方だったらしい。
「あ、明日休みだよね、どっか行く?」
「ちょっと酔っ払いすぎだよ」
気をつけてねと心配してくれるところとか、俺のことをわざわざ迎えに来てくれるところとか、そういう優しさがたまらなくすきで、大切にしたいと思ってた。
「瑠菜、俺さ、付き合えてから幸せで、これからも瑠菜とずっと一緒にいたい」
瑠菜の顔は、見れなかった。
もう、とっくに酔いは冷めていたから。
「なに言ってるの、蒼くん。私たち、もう別れてるんだよ」
「あー、そうだったな、」
俺だけがずっと、瑠菜を忘れられないまま。
《優しくしないで》
私は、小学生の頃、色鉛筆ばかり手にしている子どもだった。
お絵描きがすきとか、中で遊ぶ方がすきとか、そういうことじゃなくて、そうするしかなかった。
「綺麗」
私の描いた絵を見て、嬉しそうに笑う人がいた。
男の子なのに色が白くて線が細くて、それから、とびきり優しかった。
「いつも褒めてくれるね」
「だって、本当に綺麗なんだもん」
きまって、僕はこの絵がすきだと伝えてくれた。
そんなことを言って笑う彼の方が私には綺麗に見えた。
しばらくして、急に、彼は私のところに来なくなった。
私は、それがどういう意味なのかも、次は私かもしれないということも、きちんと理解していた。
しかし、私は彼と同じ道を辿ることはなく、無事に家に帰ることができた。
そんな彼との思い出を、大学生になっても、ここに来る度に思い出す。
違う病室の笑顔が素敵な男の子。
「...りんちゃん?」
定期検査が終わり、正面入口に向かう私に声をかけてくる男の人。
「やっぱり、りんちゃんだ!」
そこには私のだいすきだった笑顔があった。
「...なんで?」
「定期検査、こっちの病院でも大丈夫って言われたから帰ってきた。」
私は、もう二度と会えないのだと思っていた。
会いたいと、ずっと思っていた。
「病気が急に悪化して、もっと大きい病院に移ったから、何も言えないままで、ごめんね。」
申し訳なさそうに顔を覗き込む彼を見て目頭が熱くなるのを感じた。
「..おかえり」
「ただいま」
その日の空にかかった虹は何よりも綺麗に見えた。
《カラフル》