最初に言い訳だけさせて欲しい。
私は故意に、このロッカーの中に居た訳じゃない。
帰宅中、机の中に明日提出の課題を忘れたことに気がついて引き戻したのだ。
ようやく課題をバッグに入れた頃、クラスの人気者の岩井くんと格好良いと有名な音無くんの声が聞こえて、咄嗟にロッカーに隠れてしまった。
「やっぱ、うちのクラスだったら茉由ちゃんが1番可愛いと思うんだよな〜」
岩井くんの言ってることに、確かに、と狭くてホコリ臭いロッカーの中で納得した。
茉由ちゃんは、ふわふわな茶色の髪が似合う華奢な女の子で、その可愛さは学年でも有名なくらいだった。
「雪は?誰?」
雪、というのは音無くんのことで、彼もまた、格好良い、無気力だがそこが良いと学校で有名な人だった。
「俺は、藍沢さんが可愛いと思う」
今、なんて言った?
「藍沢って、うちのクラスの藍沢美紅?!」
「うん」
藍沢美紅、というのは私のことだ。
聞き間違いかとも思ったし、同姓同名の可能性も考えたが、このクラスに藍沢美紅なんて名前、私しかいない。
私が音無くんと話をしたのは、このクラスになってから1ヶ月くらいのことで、後にも先にも、その1度きり音無くんとは話をしていない。
それなのに、学校の王子様が私みたいな女を何故?というのが正直なところだった。
「ブスってわけじゃないけど、正直地味っていうかさ〜、なんで藍沢?」
「色が白くてスラッとしてて、黒髪綺麗だし」
体調の悪そうな白い肌も、真っ黒な髪の毛も、無駄に高い身長も、私にとっては全部嫌いな要素で、音無くんが私を可愛いと言ってくれる理由が、尚更見つからない。
「前に、藍沢さんが落とした消しゴム拾ってあげたことがあって、その時に、優しいねって変な味の飴くれて、嬉しかったんだよね」
「それだけ?」
「きっかけなだけだよ、誰にでも優しくてニコニコしてるところが可愛いなって、俺にとっては藍沢さんだけが可愛く見える」
変な味の飴ってなんだよって、心の中でツッコミをいれながらも、私は自分でも分かるくらい顔が熱くなっていくのを感じた。
「あ、これ藍沢さんには内緒ね。俺、自分で頑張りたいタイプだから」
そう言う彼の顔は見えないけれど、彼は案外、無気力ではないのかもしれない。
《耳を澄ますと》
5/4/2024, 12:12:12 PM