回顧録

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5/26/2024, 2:02:18 PM

部屋に彼の姿だけ見えなかった。
「あれ、横山さんは?」
「知らへん、トイレとちゃう?」
「にしては長いなぁ」
その場の人間に聞いても誰も行方を知らないらしい。
そうなると考えられることはひとつしかない。
「今、雨降ってるか?」
「降ってるよ、気づいてへんの?」
「ずっとブースに居たから」
「それはお疲れ」


労いの言葉を貰った後、部屋から出て彼を探しに行く。
確か空き部屋があったはずだ。
ドアノブを回そうとすると開かない。ビンゴだ。
「俺、おるんやろ」
しばらくするとカチャンと音がする。
ドアを開くとやっぱりそこには蹲った彼がいた。
基本的に健康優良児な彼だが、時々こうなる時がある。
いわゆる気象痛だが、毎度毎度なる訳ではない。
疲労やストレスが蓄積して低気圧によって爆発するのだ。
その前に休ませようとするのだが、『大丈夫』『これくらいどうとでもなる』なんて言って頑なに拒むのだ。
どうとでもなっていないじゃないないか、全く何度目だ。
「あんた、腹壊したことになってるけど?」
「お前……」
「雨降ってるもんなぁ。久しぶりのハードワークははしんどいですか」
「べ「俺相手にカッコつけんでええって」
カッコつけててカッコイイと思った試しがない。自然体の方がよっぽどカッコイイっていうのは調子に乗るから言わないが。
「……いっつもお前これをこなしてんの?化け物やん」
「ルーティンワークやなもはや、むしろこれない方が調子狂うわ」
「……うぅ…」
「熱は……ないな。薬は?」
「もってきてへん」
「やろな思て持ってきたったで。ほい、水も」
「……ありがとう」
「あんたの番、後にしてくれ言うてくるわ」
引き返そうとすると、ぐいと物凄い力で引っ張られる。
体調不良でも馬鹿力は健在なようだ。
「……れよ」
「は?」
「ここおれよ言うてんねん!」
顔真っ赤にして何を偉そうに。でも、照れてまで俺を引き止めたかったと考えると悪くない。
「でも連絡せえへんかったらあんたと俺が2人でいなくなったみたいになんで?」
「そんなん、別にええ」
「さよか」
本当は全然良くないけど。彼らだって暇じゃない。大迷惑をかけることになるのはプロ意識が足りないのではないかとお小言を言ってやりたくなるが、そこは弱っている病人なので大人しく後で一緒に怒られよう。
「ほな、失踪しよか。雨が止むまで」
隣にしゃがんで雨音を聴く。苦しんでいる彼には悪いけど、
俺はこの時間が好きなのだ。

(もうちょっと独占させて)



作者の自我コーナー
いつもの、ですがない話です。2人とも偏頭痛持ちというのは聞いたことがありません。でもお互いが弱みを見せれる相手だったらいいなと言う願望。甘えられるのが嬉しい人とこんなときにしか素直になれない人。逆転現象も起こります。対極だけどたまには寄り添ってね。

5/22/2024, 11:03:57 AM

あいつの心が読めなくなったのはいつからだろう。
昔は分かりやすい奴だった。表情が万華鏡のようにコロコロ変わった。たった1つしか年の変わらない俺に子ども扱いされてむくれたり、かと思えば年下なことを全面的に出して奢らせたり、同い年になって喜んだり。一足先に歳を取る俺に「また置いていかれた…」と寂しそうにしたり。見ていて飽きない奴。
大人になっても我慢を覚えたとしてもそれは何も変わらなくて、お前のことならお前よりもわかると自負していた。

それが今分からなくなっている。
きっかけはハッキリしている。
一週間に一回合わなくなったからだ。むしろ十年それが続いていたのが奇跡だった。ずっと顔を合わせていたから微々たる変化にも気づけていたのに、今はタバコを辞めたことにすら気づけなくなってしまった。

今なら俺以外の奴の方があいつのことを知っている。
それが気に食わない、なんて。理由なんて分かりきっている。
俺が透明だった感情に色を付けてしまったから。だから、一緒にいられなくなって手放した。
それを今の今更後悔しているなんて、救えない莫迦だ。

もう表情すら分厚い下手くそな笑顔が張り付いていて読めない。鉄壁の形状記憶ならもうちょっと上手く作れや。
昔の俺だったら、その皮の中がどうなっているのか透視出来だんだろうか。今の俺にはその仮面を剥がすことすら出来ないのに。

お前の心をもう一度見るにはどうすればいいか、考えた。
阿呆なりに頭を捻って考えた。うんと考えた。

「なぁ、」
「………おれ?俺に話しかけてんの?」
「お前以外に誰が居るねん」
「まあそやな。で、どうしたん?俺に話なんて」
「飯行かへん?」

心が見えない、そう見えないだけなのだ。
つまりそこに『存在』はする。要は見えるようにすればいい。
無色透明な水に色水を垂らすように。

「え」
「予定あった?」
「いや、ないけど………あんたからなんて珍しなぁ」

そう言って変わらないあの頃の笑顔で顔を
くしゃりと歪ませた。

(ハートに火をつけて)


作者の自我コーナー
いつもの。分かってるようで分かってないところがありますよね彼ら。彼から動かないとこの2人はどうにもならないだろうなと思います。

5/20/2024, 1:19:11 AM

作者の自我コーナー番外編

そいつは祖母の家に居ました。
私が生まれる前から居るそいつはでっぷりと鎮座していて、
さながら大御所のよう。いつも堂々としていて、機敏に動いているところなんて片手で数えられるくらいしか見てないのではないでしょうか。メロンとヨーグルトが好きな贅沢者でした。
いつからいるのかは定かじゃなくて、いつの間にか居着いたというのが正しい表現らしいです。だから過去のことは何も分かりません。野良、ではないでしょう。野良ではこんなに威厳のある姿を保てません。だとすれば、飼われていた?もううちの奴同然の振る舞いをしているのに?
でもだって、外に出れば色んな名前で呼ばれているんですよ。
『クロ』
『ジャック』
『あんず』
同一の存在を呼んでいるはずなのに、ここまでバラバラな事がありますか?全く謎でした。今だって、ずっと。

2時間前、そいつは普通に動いていました。いつものようにのしのしと緩慢な動きで歩いていました。もうご隠居の散歩です。とうに平均寿命は過ぎていて、ここまで来るとずっと生きてそうだなと思いました。思ったことありませんか、こいつは殺しても死ななさそうだなと。
そんな訳ないんですけどね。死は誰にだって平等です。

18時、インターフォンが鳴りました。
新聞の集金かと思いました。にしても遅いけれど。
でも血相を変えた人が立っていて、ねこが、と。その人の話を最後まで聞くことなく、私は祖母を呼び、自分は外に駆け出しました。

2時間前、私がそいつを見た場所で猫が伸びていました。
頭から血を流して。撥ねられたそうです。
何もそっくりその場所に居なくてもいいのに。
猫は死に際を見せないと言われています。
だとすれば、あいつは相当の間抜けです。
あんな自立しないぬいぐるみみたいな姿を晒して、逝くなんて。貴方がダンボール箱に大人しく入ってる姿なんて見たくなかった。



猫って意外とそそっかしいですね。みんな威風堂々としていると思ってました。動かない髪ゴムに興奮したりはしなかったから。
そのせいで猫にそんなイメージがない従兄弟が、機敏に動く猫にビックリして怖がるようになってしまいました。
私たちにとって猫は1匹しかいなかったから。

そんな機敏なヤツももう随分貫禄がついてきました。
貴方の歳(推定)を越しました。猫って本当に長生きですね。

本来なら貴方ももう少し生きてくれたんでしょうか。
たらればなんてらしくないけど、ふと考えてしまいます。



『突然の別れ』

5/18/2024, 9:58:58 AM

真夜中の寝落ち電話が好きだ。
夜型人間の私は夜が深くなるに連れ、目が冴えていくので寝落ちをするのはもっぱら相手方になるが。

多弁な私に合わせて聞き手に回ってくれる彼女の反応が段々と鈍っていき、声がとろとろとしてくる。彼女から発される言葉が全てひらがなに聞こえていく。今日はお酒を飲んでいるらしいから、余計に。
少しからかうみたいに、おねむかな?とこちらが聞くと、
うんともううんとも聞こえる答えが返ってきて思わず笑ってしまった。
彼女はなんで私が笑っているのかわからなさそうに「どぉしたの」と聞く。別になんてことはないけど、「それでね」とさっき中断した話を再開した。

本当になんてことはない。もう全然話なんて入ってきてないのに、私の声が途切れたときにとろっとろな相槌を挟んでくれる君が可愛いなって思っただけ。
声だけじゃなくてふにゃんと笑う顔が見たいなと思ってしまった自分に苦笑してしまっただけ。



反応が完全になくなった。
遠くで寝息らしきものが聞こえる。一応、寝ちゃったかな?と反応を得るつもりの全くない音量で声を掛ける。時々意識が浮上するときもあるけど、起こしたい訳じゃない。
寧ろ、この私だけの時間を楽しみたいと思っている。私だけの彼女。どうやら彼氏との電話中に寝落ちしたことは無いらしいので、正真正銘私だけの時間。

おやすみ、いい夢を。そう言って電話を切る時間が好きだ。
勿論、その時の私の声なんて彼女は一生知らなくてもいい。


(『真夜中』は多少の感情をうやむやにしてくれる)


作者の自我コーナー
懺悔。好きでごめんね。

5/17/2024, 10:13:12 AM

愛があれば何でも出来るとは思わない。いくら好きな人と言っても無償の愛で、同じく値段の付けられない命を捧げることは俺には出来ない。金を払われたとしてもそれは無理だ。

でも別に愛はないけど横山に死ねと言われたら俺は死ねると思う。あいつが言うのなら、俺が死んだ方が何かメリットがあるのだろうと納得して俺はその身を投げ出せる。
理由なんて必要ない。説得力の話だ。
あるいはそれくらい俺は横山を信用している。
信用に足る人物だと認めている。
まぁ、そんなこと起こらないのだけれど。甘ちゃんだから。
そうならないように知恵熱が出るほど頭を捻らせるのだろう。
そういうところが人が着いてくる理由か。

何一つ捨てられずに抱えていくあの子が、いつでも切り捨てられる存在でいたいと思う。人がいいから自分からは言えないだろうから、それを汲み取って俺を離さない手ごとばっさりと切り捨ててやる。だからそれまでは死ねない。

(やからそれを愛っていうんやんかぁっ!)

そう空から叫ぶ声を俺は知らない。

『愛があれば何でも出来る?』



作者の自我コーナー
いつもの。鈍いサムライさんと少しメルヘンな話。

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