回顧録

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作者の自我コーナー番外編

そいつは祖母の家に居ました。
私が生まれる前から居るそいつはでっぷりと鎮座していて、
さながら大御所のよう。いつも堂々としていて、機敏に動いているところなんて片手で数えられるくらいしか見てないのではないでしょうか。メロンとヨーグルトが好きな贅沢者でした。
いつからいるのかは定かじゃなくて、いつの間にか居着いたというのが正しい表現らしいです。だから過去のことは何も分かりません。野良、ではないでしょう。野良ではこんなに威厳のある姿を保てません。だとすれば、飼われていた?もううちの奴同然の振る舞いをしているのに?
でもだって、外に出れば色んな名前で呼ばれているんですよ。
『クロ』
『ジャック』
『あんず』
同一の存在を呼んでいるはずなのに、ここまでバラバラな事がありますか?全く謎でした。今だって、ずっと。

2時間前、そいつは普通に動いていました。いつものようにのしのしと緩慢な動きで歩いていました。もうご隠居の散歩です。とうに平均寿命は過ぎていて、ここまで来るとずっと生きてそうだなと思いました。思ったことありませんか、こいつは殺しても死ななさそうだなと。
そんな訳ないんですけどね。死は誰にだって平等です。

18時、インターフォンが鳴りました。
新聞の集金かと思いました。にしても遅いけれど。
でも血相を変えた人が立っていて、ねこが、と。その人の話を最後まで聞くことなく、私は祖母を呼び、自分は外に駆け出しました。

2時間前、私がそいつを見た場所で猫が伸びていました。
頭から血を流して。撥ねられたそうです。
何もそっくりその場所に居なくてもいいのに。
猫は死に際を見せないと言われています。
だとすれば、あいつは相当の間抜けです。
あんな自立しないぬいぐるみみたいな姿を晒して、逝くなんて。貴方がダンボール箱に大人しく入ってる姿なんて見たくなかった。



猫って意外とそそっかしいですね。みんな威風堂々としていると思ってました。動かない髪ゴムに興奮したりはしなかったから。
そのせいで猫にそんなイメージがない従兄弟が、機敏に動く猫にビックリして怖がるようになってしまいました。
私たちにとって猫は1匹しかいなかったから。

そんな機敏なヤツももう随分貫禄がついてきました。
貴方の歳(推定)を越しました。猫って本当に長生きですね。

本来なら貴方ももう少し生きてくれたんでしょうか。
たらればなんてらしくないけど、ふと考えてしまいます。



『突然の別れ』

5/20/2024, 1:19:11 AM