ーー見下ろされた時のあの人の水分量の多い瞳が忘れられない。骨張っていて、でも強く握ってしまえば折れそうな手首の感触を忘れられない。状況を飲み込みきれなくて出てしまった俺の名前の間抜けな音ととか、把握した後の震えた声とか。
こんな暴挙に出るなんて誰が思っただろう。
俺も思わなかった。弟にいつまでも甘んじていられると思っていていたのに、こんな風に自分から壊してしまうなんて。
あなたを泣かせるのは俺の役目じゃなくて、どちらかと言えば俺はそれを慰めるでもなくただ傍観しているというか、そもそも俺の前で泣くことがあの人にとっては不本意なことなのだ。
それでいいと思っていた、あなたにとっての俺でいようと思っていた。あなたに甘やかされて、ときどき甘えられる俺で満足だったのに。
他の奴構おうとするから。それとも俺があかんかったん?
あなたの前では可愛い弟やったやん。あなただけの俺は要らんかったん?
かわいこぶってたのが逆効果だったみたいだ。
他と違う扱いに寂しがり屋の彼は寂しくなってしまったらしい。『俺も同じがいい』だってさ。でもそれは無理やで。
だってあなたは俺にとって特別な人だから。
でも好きな子のお願いは叶えてあげたい。
だからもう遠慮はしてあげなかった。
俺を見上げる可愛い目が大きく見開かれて、口がパクパクと動く。驚きすぎて声も出えへんくなっちゃったん?
言いたい言葉は『なんで?』かな?なんでやろうね、当ててみてよ。いくら鈍いって言ってもここまでされたら解るやろ?
別人みたいに見えるかな?でもこれがあなたが望んだ弟とちゃう俺やもん。
『後悔』してる?震えてる。怖いよなぁ、一回りおっきいもん俺。
でもごめんなぁ、俺『後悔』してへんねん、全然。
(むしろやっとスタートラインに立てたようなそんな達成感)
作者の自我コーナー
特別になりたかった話。別に彼の方も後悔をしている訳ではない話。多分言葉にしろって5秒後には殴られている『弟』君。
すぐ拗ねる、人のことをよく揶揄う、くだらない嘘をつく。
ゲームで負けたらコンセントを抜くくらい負けず嫌い。
1回気に入ったことはずっとやるし、同じものずっと食べてる。ルーティンと言えば聞こえはいいが、ただの偏食だ。
勉強が嫌いで興味のないことは秒で飽きる。じっと出来ない。
永遠のピーターパン。お前はあの頃から見た目も中身も何一つ変わってない。子供のままだ。
頼りがいがあるのは昔からだ。頼もしさが増しはしたが、
兄貴肌なのは変わらない。アニメ版のジャイアンと映画版くらいの違い。
つまりブラッシュアップはされているが根本は一緒。
俺はこんなに変わってしまったのに。
お前は目まで変わらないのか。
お前の目には俺が子供の頃のままに見えているのか。
「いちばんかわいいよ」
「顔が好き」
「村上さんの方がかわいいな」
そんな訳ないのに。あの頃と変わらない言葉をくれるのだ。
いや寧ろ、お前の『かわいい』を戯れ言と飲み込めない俺が、『子供のままで』いるのかもしれない。
(真に受けたいなんて馬鹿げてる)
作者の自我コーナー
いつもの。自分では捨てた思っているものを見出されて居心地が悪い人の話。地続きに同じ人なんですけどね。
手放したのは俺になるんやと思う。
全然手放したつもりなんかないって言うたら、
ヒナはどんな顔するんやろうか。
俺より夢を選んだくせに、って糾弾するんかな。
いっぱい泣かせたもんな。もう泣き虫じゃなくなったはずやのに、この10年引っ込んでた泣き虫が顔見せて、子供みたいに鼻グズグズさせて。「行かんとってやぁ」って俺のシャツ掴みながら泣きじゃくっとったお前を見て心揺らがへんどころか俺はお前の俺への愛を再確認して嬉しがっとった。
間違いなく鬼畜生やと思うわ。俺やったら「そんな男やめとけ!」って言う。
最終的にお前は俺を笑顔で送り出してくれた。
「何も今生の別れっちゅう訳ちゃうもんな、どこでも行ってき」と。そうなるまでどれだけ泣いたんやろうかと思うほどその笑顔を浮かべる目は腫れていた。昨日の今日までお前は俺を思って泣いてくれたんやなぁと。
事実上はお前を置いていく薄情な男を。
ほんまは連れていきたかったよ、なんて言い訳やな。
でもヒナが居らんと生きていかれへん人間が居りすぎるねん。
俺もその一人やった。過去形や。
もう俺は一人で立てる、お前のお陰で。
さっきの話、ヒナは俺を責めるかってそんなの分かりきっている。ヒナは責めへん、人に怒るのが苦手な奴やから。
こんな俺を好きでいてくれるどうしようもない阿呆な奴やから。勝手に沈みこんで歌えなくなった俺を引っ張りあげて立たせて、すばるの歌う歌が好きやねんと再びマイクを握らせたのはお前だから。
どこにいたって俺はヒナの好きな俺の歌で、お前ヒナを好きな俺の歌を歌うよ。俺の歌声はよお通るからきっといつだってお前に届く、絶対届かせる。
どこかで「しゃあないなぁ、おっちゃんは」って笑ってくれてたらそれでいい。
だから今日も『愛を叫ぶ。』
作者の自我コーナー
いつもの、ではないけれどこの二人も大切に胸の中にしまっておきたい二人です。あの約束は今も生きていてほしいなと思う亡霊。
今も今で良い関係を築けていると思う。
でも、ギラギラした目がふっと緩むのとか、甘ったるい声で告げられるかわいいとか、唇をなぞる指先とか、切羽詰りながら俺の名を呼ぶ声とか、慈しむように顔中に降ってくるキスとか、
そういう、俺があんたのもんやったときのことがふとした時にぶわぁっと甦ってくる。
やから優しくせんとってよ。セピア色の思い出にさせてよ。
『忘れられない、いつまでも』
(まだあんたに色付いたまま)
作者の自我コーナー
いつもの。少しおセンチな話ですね。
思い出が思い出にならないくらいいつも一緒にいるふたりの話。恋人になろうがならまいがこの二人の関係は変わらないんですよね、矛盾。
1年、お試し期間ということで付き合うことになった。
絶対好きにさせたるわ、と不敵に笑う目の前の男に、
『鬼が笑うわ』と笑った。鬼の前に自分が笑ってしまった。
良い奴だとは思う。一緒にいて楽しいし、落ち着くし、気の置けない『友人』だ。そう友人、恋愛にはならない。
そもそも同性なんて対象になる訳がない。いくらあいつが綺麗な顔をしているからといっても。あいつだって女の子が好きなはずなのだ、からかっているかとち狂ったかのどちらかに決まっている。気が済むまで付き合ってやろう、どうせすぐ終わるだろう、と思っていた。
お付き合いが始まって、3日。もう既に後悔している。
吹っ切れたこいつが怖いことは知っていたのに。
いやでも、あのトゥーシャイシャイボーイが目を合わして来るとは思わないじゃないか。ビックリしてこちらが目を逸らしてしまった。
そして極めつけには俺を呼ぶ声の甘いこと甘いこと。
身体が砂糖漬けになるかと思った。そんな様子のおかしさに周りはすっかり気づいてしまって。いらない気遣いをされるようになってしまった。むしろ2人きりにしないでくれ俺をこれと。
「ひな、2人きりやねんから俺の事考えてよ」
既にお前のことで頭ん中いっぱいじゃボケ!!
(1年後が楽しみやなぁ)
(1年持たんやろ)
(そもそもお試しでも付き合っちゃう時点で……やんな)
(鬼ちゃうくても笑うわ、こんなん)
(あーあ、かわいそ)
作者の自我コーナー
いつもの。来年のことを言うと鬼が笑う以前の話。
ものすごく狡い人とものすごい鈍感な人と全部わかってる人達
意外にグイグイいかれると弱いあの人が可愛いです。