回顧録

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手放したのは俺になるんやと思う。
全然手放したつもりなんかないって言うたら、
ヒナはどんな顔するんやろうか。
俺より夢を選んだくせに、って糾弾するんかな。
いっぱい泣かせたもんな。もう泣き虫じゃなくなったはずやのに、この10年引っ込んでた泣き虫が顔見せて、子供みたいに鼻グズグズさせて。「行かんとってやぁ」って俺のシャツ掴みながら泣きじゃくっとったお前を見て心揺らがへんどころか俺はお前の俺への愛を再確認して嬉しがっとった。
間違いなく鬼畜生やと思うわ。俺やったら「そんな男やめとけ!」って言う。

最終的にお前は俺を笑顔で送り出してくれた。
「何も今生の別れっちゅう訳ちゃうもんな、どこでも行ってき」と。そうなるまでどれだけ泣いたんやろうかと思うほどその笑顔を浮かべる目は腫れていた。昨日の今日までお前は俺を思って泣いてくれたんやなぁと。
事実上はお前を置いていく薄情な男を。

ほんまは連れていきたかったよ、なんて言い訳やな。
でもヒナが居らんと生きていかれへん人間が居りすぎるねん。
俺もその一人やった。過去形や。
もう俺は一人で立てる、お前のお陰で。

さっきの話、ヒナは俺を責めるかってそんなの分かりきっている。ヒナは責めへん、人に怒るのが苦手な奴やから。
こんな俺を好きでいてくれるどうしようもない阿呆な奴やから。勝手に沈みこんで歌えなくなった俺を引っ張りあげて立たせて、すばるの歌う歌が好きやねんと再びマイクを握らせたのはお前だから。

どこにいたって俺はヒナの好きな俺の歌で、お前ヒナを好きな俺の歌を歌うよ。俺の歌声はよお通るからきっといつだってお前に届く、絶対届かせる。

どこかで「しゃあないなぁ、おっちゃんは」って笑ってくれてたらそれでいい。

だから今日も『愛を叫ぶ。』



作者の自我コーナー
いつもの、ではないけれどこの二人も大切に胸の中にしまっておきたい二人です。あの約束は今も生きていてほしいなと思う亡霊。

5/12/2024, 8:30:19 AM