回顧録

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5/10/2024, 10:08:50 AM

今も今で良い関係を築けていると思う。

でも、ギラギラした目がふっと緩むのとか、甘ったるい声で告げられるかわいいとか、唇をなぞる指先とか、切羽詰りながら俺の名を呼ぶ声とか、慈しむように顔中に降ってくるキスとか、
そういう、俺があんたのもんやったときのことがふとした時にぶわぁっと甦ってくる。
やから優しくせんとってよ。セピア色の思い出にさせてよ。

『忘れられない、いつまでも』

(まだあんたに色付いたまま)


作者の自我コーナー
いつもの。少しおセンチな話ですね。
思い出が思い出にならないくらいいつも一緒にいるふたりの話。恋人になろうがならまいがこの二人の関係は変わらないんですよね、矛盾。

5/9/2024, 9:53:43 AM


1年、お試し期間ということで付き合うことになった。
絶対好きにさせたるわ、と不敵に笑う目の前の男に、
『鬼が笑うわ』と笑った。鬼の前に自分が笑ってしまった。

良い奴だとは思う。一緒にいて楽しいし、落ち着くし、気の置けない『友人』だ。そう友人、恋愛にはならない。
そもそも同性なんて対象になる訳がない。いくらあいつが綺麗な顔をしているからといっても。あいつだって女の子が好きなはずなのだ、からかっているかとち狂ったかのどちらかに決まっている。気が済むまで付き合ってやろう、どうせすぐ終わるだろう、と思っていた。

お付き合いが始まって、3日。もう既に後悔している。
吹っ切れたこいつが怖いことは知っていたのに。
いやでも、あのトゥーシャイシャイボーイが目を合わして来るとは思わないじゃないか。ビックリしてこちらが目を逸らしてしまった。
そして極めつけには俺を呼ぶ声の甘いこと甘いこと。
身体が砂糖漬けになるかと思った。そんな様子のおかしさに周りはすっかり気づいてしまって。いらない気遣いをされるようになってしまった。むしろ2人きりにしないでくれ俺をこれと。

「ひな、2人きりやねんから俺の事考えてよ」

既にお前のことで頭ん中いっぱいじゃボケ!!


(1年後が楽しみやなぁ)
(1年持たんやろ)
(そもそもお試しでも付き合っちゃう時点で……やんな)
(鬼ちゃうくても笑うわ、こんなん)
(あーあ、かわいそ)




作者の自我コーナー
いつもの。来年のことを言うと鬼が笑う以前の話。
ものすごく狡い人とものすごい鈍感な人と全部わかってる人達
意外にグイグイいかれると弱いあの人が可愛いです。

5/8/2024, 8:37:00 AM

初めて出会ったのは中3の頃だった。
あいつは発育が遅くて、俺よりも一回りほど小さく、
まだ声変わりもしていなかった。すぐピーピー泣くし、運動神経いい癖に鈍臭いし、ほっとけない奴。それが最初の印象。


ある日いつも通り仕事帰りに練習場に寄ると、いつもと違う声が俺の名を呼んだ。俺の驚いた様子を見てバツが悪そうに声変わりが始まったことを告げた。
『ぼくじゃないみたいで気持ち悪いやんな』
『ぼくも、自分の声じゃないみたいで気持ち悪いねん』
そう掠れた声が弱々しく告白すると、あいつのまん丸い瞳からぽろぽろと涙が溢れていく。そんな風に泣かれるのは初めてだったから、どうしていいか分からなくなって思わず抱き寄せた。
「気持ち悪ないよ、みんな通る道や。これからカッコいい大人の声になるんやで」
「……よぉちゃ、の声かっこよない……」
「おっまえな、人が慰めたってんのに……」
「うそやって、よこちゃんはカッコいいよ。ありがとうなぁ」
今鳴いたカラスがなんとやらだ、すっかり赤くなってしまった目元がニコッと弧を描いた。この腫れ様からすると今泣いたのだけではなさそうだ。
でもこいつ、俺の言葉でピタッと泣き止むんやな。
その小さな気づきが、とある想いが心を巣食っていく切欠。


結局えぐえぐ泣いてたのが喉を傷めさせてしまったのか、あいつの可愛らしい高音はガラガラした声になってしまった。
実際これが声変わり失敗なのかは判りかねるが。
声変わりし始めたときはあれほど自分の声が変わることを気にしていたのに、いざ変わってしまったらあっけらかんとしている。俺が気持ち悪くないと言ったから、というのは自惚れすぎか。でもどんな声だろうとあいつであることには変わりはしない。声が変わったとて性格が変わる訳でもない。泣き虫で寂しがり屋で天然で、表情がコロコロ変わるほっとけない奴だ。
練習の帰り、お腹すいたとあいつが言ったので肉まんを奢ってやった。100円そこらのコンビニの肉まんに目を輝かせて、『よこちゃんは救世主や……!』と喜んでいる。大袈裟な奴。
「ホカホカやから気ぃつけて食えよ」
「わかってるって!……っあちゅ!」
「言わんこっちゃない……」
あちゅって言うたこいつ。めっちゃかわいいやん……って、何考えてんねん。こいつは男やぞ。確かに女の子に見間違われるくらい可愛い顔してるとは思うけど、ってそれもちゃう。
考えを振り払って、ペットボトルを渡してやる。
あ、俺の飲みかけや……別に回し飲みくらい普通にするやんけ。あかん、思考回路がおかしなってる。
そんなぐちゃぐちゃした気持ちの中ダメ押しが来た。
少し筋張った指が口元に伸びる。
「よこちゃん、あーん」
何も考えずに言われたまま口を開けると肉まんが入ってくる。
目を白黒させながら口をもぐもぐと動かすしか出来ない俺に『お礼や!』と八重歯を覗かせた悪戯っ子のような顔で笑う。
「美味しいやろ?」
背が伸びたとはいえまだ俺より小さいあいつが俺の顔を覗き込む。そうすると可愛いお目目が自然と上目遣いになって……。
思わず目を逸らした。
「てか、俺が買ったったんやんけ」
「そこはありがとうでええやんか!」
不満げにぷぅと口を膨らませてむくれる。
おいおいお前は一体幾つなんだ。でもそんな歳にそぐわない幼い仕草も可愛いと思ってしまったらもう認めるしかなかった。

俺は目の前のこの男が好きだ。

『初恋の日』



作者の自我コーナー
いつもの。『初恋』の詩からインスパイアを受けたはずなのですが、ふたり仕様に変えていたら全然分からなくなってしまいました。だから本当はあと二段落あります。『初恋の日』にどこかしらに投稿しようかしら。

5/6/2024, 9:52:23 AM

キミと出逢ってもう四半世紀が過ぎた。
キミは俺の事をサンタさんからのプレゼントなんてふざけて言うけど、俺は本当にそう思ってるって言ったららしくないと笑うだろうか。それとも照れるかな。

我が家はイベント事に関心がなかったからクリスマスらしいことをしたことがなかった。家にサンタが来なかったから、サンタが親ってのも知らなかったし、具体的な日にちも知らないほどだった。12月になると世間が騒ぎ出すなってくらいの認識。キミと出逢うまでは。

日本人離れした顔立ちに、心を奪われた。しばらくぼーっと見てたら、喧嘩売ってんのかって怒られた。
綺麗な顔してるヤンキー、それが第一印象。

でもだけどひょんなことから俺たちは仲良くなって、こんなに長く一緒にいることになる。仲間から銀婚式なんて揶揄されるくらい。所謂、腐れ縁。

お前がふざけてサンタさんからのプレゼントって言い出してから、そうだったのかもしれないと思い始めた。
だとしたら後にも先にも俺へのサンタさんからのプレゼントはキミだけだった。どんなプレゼントよりも今はそれが嬉しい。

(サンタさんは本当に居るのかもしれない)




作者の自我コーナー
いつもの。もはやネタと化してますが、あの照れ屋がどういうつもりでサンタさんからのプレゼントとか言ってるのかが気になります。その後の『違うぞ、俺がサンタさんに頼んだんや』も好きです。というか、いい歳の大人がサンタさんって言ってるの可愛すぎますよね。サンタにはさん付けるのに、お年玉にはおを付けないのはなんでなんだ。

5/5/2024, 10:20:33 AM

耳を澄ますと、いや澄まさんでもカラカラとした明るい声が聞こえた。あいつの声はよく通るからイヤでも耳に入る。
あ、今コーヒーこぼしよった。衣装着る前に飲めや。

『柄に見えへんかなぁ』ってアホか、そんな真ん中にワンポイントの水玉のシャツがあるかい。そんなことを突っ込みたいと思いながら、お気に入りの店で買ったコーヒーを飲む。
思うだけだ。行動には起こさない。
ほかの奴らは何も気にしていない。それなのに俺が騒ぐとまるで俺があいつの事をよく気にしているみたいに見える、
それは不本意極まりない。

「気になるんやったら声掛けたらええのに」

大柄な弟がチェシャ猫のように目を細めて笑った。
こういう時のこいつが苦手だ。そのニンマリとした目つきに値踏みされているような気がして。

「お前こそ、気づいてるんやったら言えよ」
「いつものことやん。天然も独り言もさ、もう声かける程のことでもないやん、よっぽどの事やったら言うてくれるし。あ、……言われてへんかったなぁ」
「うるせぇ」

そう、あいつは俺には言わない。グループの進退に関わることは真っ先に相談してくるくせに、そういう箸にも棒にもかからないようなくだらない日常の話はしてこない。
仲が悪いとかではない、領分の問題ってだけだ。
独り言は把握してるのに、俺、最近のあいつの事なんも知らんねん。それも最近気づいてんやけど。俺の知っているあいつの事なんてこの小さな部屋の中でのことだけ。
あいつだってそう、もう今では知らん事の方が多い。

『おれそれしらんわ』

あいつの口からその言葉が聞こえることが多くなった。カラカラした声がやけに空虚に聞こえて、俺の頭に反響する。
お前も俺もお互いのこと知ってるのが当たり前やったのにな。あの頃と随分形が変わったのに、まだ俺もお前も『知っている』が当然だと思い込んでいる。戻られへんのに。

「でも横山くんはちゃうやん。毎回毎回独り言にビクビクしてる。いっつものことやのに、慣れもせずに。気になるんやろ?声掛けたらええやん」
「そういうのじゃないやんか俺とあいつは」
「そういうんやった時もあったやん。2人とも面倒臭いわぁ……俺らそんなんちゃうってそんなんってなんなん?おともだちじゃないです。ビジネスライクですって?1番そんなんとちゃうやろ」
「ちゃう、そうちゃうねん」

それは俺とあいつの世界が同じだった頃の名残りなのだ。
かつてこの小さな箱の中が俺たちの世界の全てだった。ここでの会話が俺の全てであいつの全てだった。
だから世界が広くなった今でも俺は、ここでのあいつの声は聞こえてしまう。いや、どこにいてもあの声は俺の世界なのだ。

『耳を澄ますと』
(かつて世界は俺たちのものだった)


作者の自我コーナー
いつもの、彼にとってあの人はいつになっても慣れない存在で、飽きない存在なんだなぁってつくづく思いますね、MCを見てると。作者もおもしれ〜男がだいすきです。

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