回顧録

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初めて出会ったのは中3の頃だった。
あいつは発育が遅くて、俺よりも一回りほど小さく、
まだ声変わりもしていなかった。すぐピーピー泣くし、運動神経いい癖に鈍臭いし、ほっとけない奴。それが最初の印象。


ある日いつも通り仕事帰りに練習場に寄ると、いつもと違う声が俺の名を呼んだ。俺の驚いた様子を見てバツが悪そうに声変わりが始まったことを告げた。
『ぼくじゃないみたいで気持ち悪いやんな』
『ぼくも、自分の声じゃないみたいで気持ち悪いねん』
そう掠れた声が弱々しく告白すると、あいつのまん丸い瞳からぽろぽろと涙が溢れていく。そんな風に泣かれるのは初めてだったから、どうしていいか分からなくなって思わず抱き寄せた。
「気持ち悪ないよ、みんな通る道や。これからカッコいい大人の声になるんやで」
「……よぉちゃ、の声かっこよない……」
「おっまえな、人が慰めたってんのに……」
「うそやって、よこちゃんはカッコいいよ。ありがとうなぁ」
今鳴いたカラスがなんとやらだ、すっかり赤くなってしまった目元がニコッと弧を描いた。この腫れ様からすると今泣いたのだけではなさそうだ。
でもこいつ、俺の言葉でピタッと泣き止むんやな。
その小さな気づきが、とある想いが心を巣食っていく切欠。


結局えぐえぐ泣いてたのが喉を傷めさせてしまったのか、あいつの可愛らしい高音はガラガラした声になってしまった。
実際これが声変わり失敗なのかは判りかねるが。
声変わりし始めたときはあれほど自分の声が変わることを気にしていたのに、いざ変わってしまったらあっけらかんとしている。俺が気持ち悪くないと言ったから、というのは自惚れすぎか。でもどんな声だろうとあいつであることには変わりはしない。声が変わったとて性格が変わる訳でもない。泣き虫で寂しがり屋で天然で、表情がコロコロ変わるほっとけない奴だ。
練習の帰り、お腹すいたとあいつが言ったので肉まんを奢ってやった。100円そこらのコンビニの肉まんに目を輝かせて、『よこちゃんは救世主や……!』と喜んでいる。大袈裟な奴。
「ホカホカやから気ぃつけて食えよ」
「わかってるって!……っあちゅ!」
「言わんこっちゃない……」
あちゅって言うたこいつ。めっちゃかわいいやん……って、何考えてんねん。こいつは男やぞ。確かに女の子に見間違われるくらい可愛い顔してるとは思うけど、ってそれもちゃう。
考えを振り払って、ペットボトルを渡してやる。
あ、俺の飲みかけや……別に回し飲みくらい普通にするやんけ。あかん、思考回路がおかしなってる。
そんなぐちゃぐちゃした気持ちの中ダメ押しが来た。
少し筋張った指が口元に伸びる。
「よこちゃん、あーん」
何も考えずに言われたまま口を開けると肉まんが入ってくる。
目を白黒させながら口をもぐもぐと動かすしか出来ない俺に『お礼や!』と八重歯を覗かせた悪戯っ子のような顔で笑う。
「美味しいやろ?」
背が伸びたとはいえまだ俺より小さいあいつが俺の顔を覗き込む。そうすると可愛いお目目が自然と上目遣いになって……。
思わず目を逸らした。
「てか、俺が買ったったんやんけ」
「そこはありがとうでええやんか!」
不満げにぷぅと口を膨らませてむくれる。
おいおいお前は一体幾つなんだ。でもそんな歳にそぐわない幼い仕草も可愛いと思ってしまったらもう認めるしかなかった。

俺は目の前のこの男が好きだ。

『初恋の日』



作者の自我コーナー
いつもの。『初恋』の詩からインスパイアを受けたはずなのですが、ふたり仕様に変えていたら全然分からなくなってしまいました。だから本当はあと二段落あります。『初恋の日』にどこかしらに投稿しようかしら。

5/8/2024, 8:37:00 AM