耳を澄ますと、いや澄まさんでもカラカラとした明るい声が聞こえた。あいつの声はよく通るからイヤでも耳に入る。
あ、今コーヒーこぼしよった。衣装着る前に飲めや。
『柄に見えへんかなぁ』ってアホか、そんな真ん中にワンポイントの水玉のシャツがあるかい。そんなことを突っ込みたいと思いながら、お気に入りの店で買ったコーヒーを飲む。
思うだけだ。行動には起こさない。
ほかの奴らは何も気にしていない。それなのに俺が騒ぐとまるで俺があいつの事をよく気にしているみたいに見える、
それは不本意極まりない。
「気になるんやったら声掛けたらええのに」
大柄な弟がチェシャ猫のように目を細めて笑った。
こういう時のこいつが苦手だ。そのニンマリとした目つきに値踏みされているような気がして。
「お前こそ、気づいてるんやったら言えよ」
「いつものことやん。天然も独り言もさ、もう声かける程のことでもないやん、よっぽどの事やったら言うてくれるし。あ、……言われてへんかったなぁ」
「うるせぇ」
そう、あいつは俺には言わない。グループの進退に関わることは真っ先に相談してくるくせに、そういう箸にも棒にもかからないようなくだらない日常の話はしてこない。
仲が悪いとかではない、領分の問題ってだけだ。
独り言は把握してるのに、俺、最近のあいつの事なんも知らんねん。それも最近気づいてんやけど。俺の知っているあいつの事なんてこの小さな部屋の中でのことだけ。
あいつだってそう、もう今では知らん事の方が多い。
『おれそれしらんわ』
あいつの口からその言葉が聞こえることが多くなった。カラカラした声がやけに空虚に聞こえて、俺の頭に反響する。
お前も俺もお互いのこと知ってるのが当たり前やったのにな。あの頃と随分形が変わったのに、まだ俺もお前も『知っている』が当然だと思い込んでいる。戻られへんのに。
「でも横山くんはちゃうやん。毎回毎回独り言にビクビクしてる。いっつものことやのに、慣れもせずに。気になるんやろ?声掛けたらええやん」
「そういうのじゃないやんか俺とあいつは」
「そういうんやった時もあったやん。2人とも面倒臭いわぁ……俺らそんなんちゃうってそんなんってなんなん?おともだちじゃないです。ビジネスライクですって?1番そんなんとちゃうやろ」
「ちゃう、そうちゃうねん」
それは俺とあいつの世界が同じだった頃の名残りなのだ。
かつてこの小さな箱の中が俺たちの世界の全てだった。ここでの会話が俺の全てであいつの全てだった。
だから世界が広くなった今でも俺は、ここでのあいつの声は聞こえてしまう。いや、どこにいてもあの声は俺の世界なのだ。
『耳を澄ますと』
(かつて世界は俺たちのものだった)
作者の自我コーナー
いつもの、彼にとってあの人はいつになっても慣れない存在で、飽きない存在なんだなぁってつくづく思いますね、MCを見てると。作者もおもしれ〜男がだいすきです。
5/5/2024, 10:20:33 AM