強すぎる輝きは時に目を焼くものだ。
色の付いたフィルム越しに太陽の形を確かめたことを思い出す。
もしかすると、彼女を目にするときもそうすべきだったのだろうか。
僕の目に映る彼女はいつだって輝いていて、彼女のほんとうの形も、周囲のすべても、焼かれた僕の目にはどこかあやふやに映る。
ただ、彼女が僕の目から見ていつだって強く輝いて見えることだけは、確か。
その一挙一動のうつくしさ、僕の知らないものを見てきた深い色の目、弧を描く完璧な唇、何もかも何もかもが、僕にはまぶしすぎる。
けれど、焼かれるとわかっていながらも輝きに惹かれてしまうのは、きっと、人の性みたいなものだ。
20250218 「輝き」
時よ止まれ、お前は美しい。
……そんな言葉を、どこで聞いたっけか。
「どうかしましたか?」
傍らの監査官がつい足を止めたこちらを見て首を傾げてくるものだから、舌打ち一つ。
「クソったれなほど綺麗な夕焼けだなと思ってな」
研究室の窓には分厚いブラインドがかかっていて、基本的に開かれることはない。俺の住処である医務室も同様に。サンプルに外界の情報を必要以上に与えないため、という理屈はわかるが、時になんとも息苦しい気持ちになることは、否定できない。
だから、研究所の外に出た途端に視界いっぱいに飛び込んできた真っ赤な空に、思わず足を止めた。それだけの話。
「……景色を褒めるにしては表現おかしくないですか?」
「うるさいな」
「しかし、珍しいですね、ドクターがそんなことで足を止めるなんて」
理解はしてるさ、俺らしくもないってことは。更に舌打ちを重ねながら、しかし、眼鏡越しの視線を空から離せないままでいる。
沈みゆく夕日、紅に燃える空。
必ず太陽は沈み、夜がやってくる。夜が来るってことは、家に帰る刻限だということだ。今の俺はいくらでも研究所に居座ってクソつまらんレポートを書く権利を得ているが、そうでなかった時期の俺を思い返すと、つい、浮かぶ言葉。
時よ止まれ、お前は美しい。
帰るべき場所などないまま、永遠の夕焼けの下で遊ぶ子供の姿が自然と脳裏に浮かび、その、ちいさく痩せた二つの影を振り払うように、空から視線を引き剥がした。
20250217 「時間よ止まれ」
――振り返ってはいけないよ。
それは冥府をゆくオルフェウスに代表される、まあ、使い古されたエピソードなわけだが、使い古されているということは、それだけ人の心に触れるものなんだろう。
そうでなくとも、見てはいけない、振り返ってはいけない、と言われてしまえば意識せずにはいられない。今だってそう。
「久しぶり」
背後から、声がする。
「驚いたな、わざわざ俺を捜しに来たなんて」
忘れもしない、アタシをめちゃくちゃにしてくれたあいつの声。
忘れられるはずもない、その記憶だけをよすがに、アタシはあいつを求めて旅してるんだから。
「なあ、顔を見せてくれよ」
でも――。
「あいつなら、もっと素敵な口説き文句を言ってくれるわ。勉強して出直してらっしゃい」
言い切って、前だけを見据えて更に一歩。
世界と世界の境界線を越えて、ここではない場所へ、あいつを探す旅は続く。
20250215「君の声がする」
本当にそいつはルーズなやつで、僕は今日も待ち合わせ時間から30分は遅れてきたそいつを睨む。
けれど。
「ごめん! ほんっとーにごめん! この通り!」
心底申し訳ないという顔で、両手を合わせて深々と頭を下げるそいつを見てしまうと、なんだかいちいち怒るのも馬鹿馬鹿しくなって、溜息をつくことしかできない。
毎度のことなのだから、少しは反省してほしい。いや、反省だけでは意味がなく、なんなら反省はいらないから改善だけを頼みたいのだが、どうにもこのルーズの塊には伝わらないとみえる。
すると、そいつは顔を上げて、「あとさ」と口を開く。
「それでも、待っててくれて、ありがとう」
当然のことだ、ここで僕が帰ったら君だってひとりで途方に暮れていただろう、どちらもいい気持ちにはなれまい。
とはいえ、当然と思っていたところに告げられた感謝の言葉は、待ちの間ですっかり冷え切った体にあたたかく響いたのも、確か。
「どういたしまして」
それはそうと、次はせめて15分くらいの遅れにしてもらいたいものだ。僕だって別に暇じゃないんだぞ。
20250214「ありがとう」
「お前は言ってることとやっていることがあべこべだ」
彼女はよく僕に呆れてみせる。
嘘は本当に苦手だし、とっさに誤魔化すのも得意ではない。しかし、僕という人間は彼女からはそう見えているらしい。
「あるいは、言葉より先に行動が来るのか」
できる限り理性的にあろうとしているつもりだ。言葉を尽くそうと努力もしている。ただ、努力が必要という時点で確かに僕にとってそれは不自然なことなのかもしれない。
「どうあれ、難儀なやつだな」
そう言いながらも、彼女はまだ僕のそばにいる。いてくれている。
いつか彼女は僕の前から姿を消すという。しかしまだその時ではないのだ、と、彼女の温もりが言葉もなく告げている。
僕は彼女が好きだ。焦がれていると言い換えてもいい。その温もりが好きで、その声が好きで、その笑顔が好きで、彼女の表情が曇るようなことはあってはならない。そんなものがあるなら、僕は誰よりも先にそれを「なかったこと」にしなければならない。
聡い彼女が僕の気持ちに気づいていないわけがあるまい、ただ、僕自身からきちんと伝えたことがないだけで。
――さて、どう伝えようか?
なるほど彼女の言うことは正しいのかもしれない。僕にとって言葉とはあまりにも無力で、彼女の手に指を絡めることで、かろうじて、僕の思いが伝わることを祈るしかないのだ。
20250214「そっと伝えたい」