青波零也

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 時よ止まれ、お前は美しい。
 ……そんな言葉を、どこで聞いたっけか。
「どうかしましたか?」
 傍らの監査官がつい足を止めたこちらを見て首を傾げてくるものだから、舌打ち一つ。
「クソったれなほど綺麗な夕焼けだなと思ってな」
 研究室の窓には分厚いブラインドがかかっていて、基本的に開かれることはない。俺の住処である医務室も同様に。サンプルに外界の情報を必要以上に与えないため、という理屈はわかるが、時になんとも息苦しい気持ちになることは、否定できない。
 だから、研究所の外に出た途端に視界いっぱいに飛び込んできた真っ赤な空に、思わず足を止めた。それだけの話。
「……景色を褒めるにしては表現おかしくないですか?」
「うるさいな」
「しかし、珍しいですね、ドクターがそんなことで足を止めるなんて」
 理解はしてるさ、俺らしくもないってことは。更に舌打ちを重ねながら、しかし、眼鏡越しの視線を空から離せないままでいる。
 沈みゆく夕日、紅に燃える空。
 必ず太陽は沈み、夜がやってくる。夜が来るってことは、家に帰る刻限だということだ。今の俺はいくらでも研究所に居座ってクソつまらんレポートを書く権利を得ているが、そうでなかった時期の俺を思い返すと、つい、浮かぶ言葉。
 時よ止まれ、お前は美しい。
 帰るべき場所などないまま、永遠の夕焼けの下で遊ぶ子供の姿が自然と脳裏に浮かび、その、ちいさく痩せた二つの影を振り払うように、空から視線を引き剥がした。


20250217 「時間よ止まれ」

2/17/2025, 8:44:42 AM