――振り返ってはいけないよ。
それは冥府をゆくオルフェウスに代表される、まあ、使い古されたエピソードなわけだが、使い古されているということは、それだけ人の心に触れるものなんだろう。
そうでなくとも、見てはいけない、振り返ってはいけない、と言われてしまえば意識せずにはいられない。今だってそう。
「久しぶり」
背後から、声がする。
「驚いたな、わざわざ俺を捜しに来たなんて」
忘れもしない、アタシをめちゃくちゃにしてくれたあいつの声。
忘れられるはずもない、その記憶だけをよすがに、アタシはあいつを求めて旅してるんだから。
「なあ、顔を見せてくれよ」
でも――。
「あいつなら、もっと素敵な口説き文句を言ってくれるわ。勉強して出直してらっしゃい」
言い切って、前だけを見据えて更に一歩。
世界と世界の境界線を越えて、ここではない場所へ、あいつを探す旅は続く。
20250215「君の声がする」
2/15/2025, 10:16:25 AM