ちょる

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7/28/2023, 2:46:10 PM

「ね、お兄ちゃんまってよ!」

私の兄、斎藤叶は極度の自由人。信じられないくらい。今日のお祭りだって「なんか急に祭り行きたくなってきたんだけど。」とかぬかしやがって、わざわざ私が近場の祭り探してあげた。その後ようやく見つけたお祭りの開催地まで電車を何本か乗り継いでここまで来た。生憎うちには余り愛情を感じられない母と仕事人間の父しかいないが、お金だけはあるので自分たちの足でなら来ることが出来る。
兄には何故か謎の自信というものがあり、先程の言葉もあの後に、「俺が行きたいんだから凛乃も行きたいだろ?」とか言ってきて。本当に頭にくる。私の兄ながらいい性格してると思う。それでも私が断固拒否する訳もなくなあなあでついてきたのはなんだかんだいって、兄の言うことが図星であるからだ。血には抗えないということだろうか。
そんなことを考えているうちにあのスーパー自由人はもう見つけられないところまで行っていた。これだからうちの兄は。こういうところがめんどくさいんだよ。
そのまませっかく来たお祭りを楽しもうと目に入った屋台に手当り次第挑戦した。射的は兄への恨みを込めてクマのぬいぐるみを落としたし、くじ引きは兄への怨念からか分からないが、兄が好きなキャラクターが当たった。ふふん、どうだ、すごいだろ。家に帰ったら絶対自慢してやろうとにこにこしながら屋台から屋台へと渡り歩いていると、一人の男性に声をかけられた。何やら私の写真を撮りたいらしく、これから打ち上がる花火をバックに撮れるベストスポットへと一緒に移動してくれないか、との事らしい。正直私は顔が良い。というか私の家族は顔がいい。あの私の苦手な両親だって顔は素晴らしく良い。そこだけ……いや、やっぱりお金の面とそこは感謝してる。まぁ、つまりどういうことかと言うと、こういった声掛けは結構よくあるということだ。この人は私に一言理ってから撮影しようとしてくれたし、全然いい人だと思う。──そう油断した私はついその人の方へとついて行ってしまった。

ついてからわかった。これ良くないことだ。もうなんで道中で気づかなかったの私。いくら土地勘がないからって木々の中なんて花火見えないだろ。段々息を荒くし始めた男が私の左手首を右手で掴む。汗でねっとりしていて気持ち悪い、やめてください。と主張して引き剥がそうと思ったら右手の上に左手も乗せてきた。何だか気持ち悪い愛を囁かれてる気がする。段々気味が悪くなってきてさっきまでは出そうと思ったら出ていたはずの声が、出なくなってしまった。何を言ってるのかちょっと意味が分からない呪詛のようなそれを終わらせたかと思うと、右手の上にあったはずの手が私の胸元まで伸びてきていた。思わずヒッと声を出した瞬間、さっきまであった不快感が一掃された。キュッと瞑っていた目を恐る恐る開くと、目の前に誰かの背中があった。

「俺の妹に何してるんすか。警察突き出しますよ。」

兄だった。
あの兄にしては切羽詰まってそうな、余裕のないそんな声で。私を守ろうと間に割って入ってくれたのだ。いつからか見ていなかった背中は随分と逞しくなっていて、その"お兄ちゃん"の存在に安心した。そのままお祭りの関係者さんに男の人を連れていってもらうまで、お兄ちゃんはそばに居てくれた。あんなことがあった後だと言うのに、あのスーパー自由人らしくない優しさについつい頬が綻んでしまう。

「めっちゃビビったじゃん、絶対今後は知らない人について行くなよ。」
「私そんな子供じゃないんだけど。」
「現に危ない目に遭ったのはどいつだよ。」
「……はーい。気をつけます。」

全く凛乃は本当に危なっかしくて……といつまでも続きそうなあんまり好きじゃないはずのお説教が、急に愛しいものに見えてきて戸惑った。

7/27/2023, 2:12:48 PM



ある暑い夏の、そんななかでも特段に日差しがキツイ日。毎日を生きるのが辛くて、生きることを考え始めた頃。無神論者の私に神様ができた。
その笑顔は1級品で他の何にも比べられない。トレードマークの高く結ばれたポニーテールは彼女に漲る元気さを象徴している。日焼けで茶色くやけた毛先を揺らした神様は私の前に舞い降りてきて、こう言った。

「ね、先輩。汗ふきシートもってない?」


私は美術部の幽霊部員だ。1年生の時はしっかり行っていたような気もするが、去年から部室である美術室への足取りが重くなってしまった。美術部に入っているからと言って美大進学を視野に入れられる程の腕では無い。人より少しばかり上手というだけだ。
絵を描くのは好きだ。でも、ただそれだけ。それが何か生きるための心の支えになったりするなんてことはない。受験勉強で毎日すり減っていく心とヒステリをおこした母親の相手と、ろくに帰ってこない父親。特に仲のいい人もいない高校生活。ただが十数年しか経験していない私にとっては随分ギリギリな状況だった。もしも絵を描くことが楽しければ、明日を生きる理由にでもなったのだろうか。そんな存在し得ない未来を考えるのももうやめる。とりあえず今は家と学校と図書館の往復をするだけだ。塾には通わせてもらえない、でも家も学校も集中なんてできないから少し遠い図書館まで勉強場所の確保に勤しむのだ。

そんな大した価値もない毎日を過ごしていた私の下に、突如として神様は舞い降りてきたのだ。

彼女は美術部1年生の斎藤凛乃ちゃん。今の1年生がいる時に部活動に顔を出したのなんて、強制参加だと言われた年度始めのオリエンテーションのときだけだろうに。よく私なんて存在を覚えていてくれたものだ。私は凛乃ちゃんのことを名前こそ知らなかったが、姿は何度かみかけていた。なんと言っても凛乃ちゃんは運動ができてコミュ力がカンストしている。日々を惰性で乗り越えている私の目にも映っていた。1年生と3年生では棟が違うはずなのに何故かよく廊下やトイレですれ違った。何故私が凛乃ちゃんのことを覚えていられたかと言うと、凛乃ちゃんの顔がそれはもう国宝級に良いからだ。聞いた話によると私の学年に凛のちゃんの兄がいてその人も顔が良いらしい。対人関係が嫌で、全てから退いてきた私としては、その人が誰だかなんて何一つ分からないのだが。

凛乃ちゃんはあの私に声をかけてくれた日、中学の友人に誘われて部活終わりにソフトボールをしていたらしい。いくら美術部の終了時刻が早いからと言って、何とも私には真似出来ない所業だ。帰路についていた凛乃ちゃんは偶然図書館から出てくる私を発見。その後私に追いつき冒頭の事態に陥ったわけだ。

アイドルだとかアニメだとかドラマだとかに一切興味が湧かなかった私を、「推し」の意味がわからなかった私を、恋愛もなにも理解できなかった私を、凛乃ちゃんは変えたのだ。その一目見ただけで何もかも全てを捧げたくなる衝動は何にも形容できないそれで、一瞬で凛乃ちゃんが私の生きる意義になった。凛乃ちゃんがいるから頑張れる、凛乃ちゃんがいるなら明日も生きたいと思える。凛乃ちゃんはきっと私にこんな執着じみた感情を抱かれていることに気づいていない。だから今もあの人変わらずフレンドリーに接してくれるのだ。いや、あの日よりも距離は確実に近づいているが。

この気持ち悪い汚い感情をいつか全部洗い流して胸を張って凛乃ちゃんに見てもらうことが、とりあえず直近の生きる目標である。


7/26/2023, 2:42:01 PM

たった今二千字ほどの文章を誰かのためになれるのならと書いていたのですが、間違えて消してしまいました。こういう日もありますよね。皆さんもお気をつけください。

7/25/2023, 1:08:25 PM

斎藤叶はどんなことでもやってのけるスーパー人間みたいなやつだ。運動だって、勉強だって、何だって到底俺にはできっこないことを難なくやってみせる。気づけば誰も彼も視線を釘付けにされているようなカリスマ性をも持っている。なんなら実家も太いらしい。そんな才能の塊の斎藤を、俺ん家までの帰路の途中にある自販機とセットの休憩所で見つけたのはほんの数日前のことだ。学校で見る斎藤とはてんで違ってそのギャップに死ぬほど驚いた。
俺たちはここ数日で随分と仲が良くなった方だと思う。今まではただ中学から同じの特に話す訳でもない凄いやつだったのが、パピコを半分こして、ダラダラと1時間他愛もないことを話すぐらいにはなった。斎藤とは高校で出来たダチにも、昔からのやつにも言いにくいようなことが嘘みたいなほどさらさらと話せて、この時間が日々の楽しみになりつつある。
今日も齋藤はお決まりのナタデココ入りのジュースを片手に休憩所の椅子で項垂れていた。美形はなにをしてても様になるってずりぃな、なんて思いながら齋藤の隣に座る。

「どうしたんだよ。斎藤今日いつもよりテンション低くね?」

今日は金曜日だからと理由をつけてご褒美に道中のコンビニで買ったパピコのヨーグルト味を斎藤の首筋にあてる。信じられないほど吃驚したみたいでめちゃくちゃ睨まれた。あれは仲良くなってからでも見たことがないほど鋭い眼光だった。ガチだ。謝罪の言葉を述べながら首筋に当てたパピコを渡す。ご機嫌斜めだったのが直ぐになおった。全くもって現金なやつだ。パピコの蓋を取りつつ今日もとりとめもない話に花を咲かせる。

あれから随分と話し込んでしまっていたみたいで、お礼に、と買ってくれたジュースもあと一口でなくなってしまう。そろそろお開きだという雰囲気が出てきたとき、斎藤の周りの空気がズンっと重くなった気がした。

「俺、詳しいことは言えないんだけど、明日引っ越すんだよね。」
「え、は?」

そんな斎藤の唐突な物言いに反射で声を漏らすも、そういえばこいつ中学のときも不思議なタイミングで転入してきたっけと思い出す。

「あーー、俺今の学校とか結構気に入ってんのにな。」
「もう少し、つってもあと半年はあるけど卒業じゃん。斎藤だけでも残れねぇの?」
「できないんだよな。これが。あー、ほんとだるい。」

強気な言葉で繕っているもののその声が震えていることから、いま斎藤は泣いている若しくは泣く直前なんだろう。斎藤は両手でおでこから頬の辺りまでを抑えてずっとなにかに耐えている。この仕草を俺は知っている。斎藤には少しばかりポエミーなところがあって、それも含めて俺は斎藤を気に入っているのだが、顔を隠しているのは恥ずかしさでもあるのだろうか。

「……所詮俺は鳥かごの中の一羽の鳥。外の世界は眺めるだけで、自ら出ることなんてできるわけがないんだよ。」

その言葉を聞いて俺は怒り狂った。許せなかった。俺には望んでも手に入らない程のものをこいつは簡単に拾ってきたのに、その全てに価値なんてなかったと言われている気分だった。

「お、っ前がそんなに悲観するなよ!お前はそれを覆せるほどの才能を持ってるだろ。鍵なんてないところから作り出して、他人の力になんて頼らずとも羽ばたける程の才能をさ!」
「藤野、 」
「なぁ、俺応援してるからさ。そのお前の力でさ、全世界に証明してやろうぜ。斎藤は鳥かごに収まってるような器じゃない、どんな場所へも行けるようなでけぇ鳥なんだって!」

ゼェハァと息が漏れる、つい感情が昂ってしまった。それでも後悔はなかった。今思う俺のありったけの感情を斎藤に全てぶつけられた達成感に満ち満ちていた。少し不安になって斎藤の顔を覗きみれば、何もかもを噛み締めて笑っていた。

「……そうだね、そうだ。俺は見せつけるよ。まぁ、でも先ずは全国かな?」

ニヤリと歪んだ口許を見れば、数年後こいつが全世界相手に戦っていることなんて容易い妄想だった。

7/24/2023, 12:54:50 PM

「英、だいじょうぶ……じゃないよな。」

英の机の上には散々な落書きと共にぐちゃぐちゃになった教科書の類が散乱していた。英瑠衣(はなぶさるい)は同じ科学部の後輩で少々ヤンチャな節はあるが憎めない可愛いやつだ。こいつは部活を休むことは少なくないが、そういったときは必ず一報入れてくれている。あんまりにも来るのが遅いので1年の校舎棟まで来てみたらこれだった。

「っ、渚先輩。」
「お前、なんでこんなになるまで俺になんにもっ、……いや、説教は後でいいな。先に片付けて部室行くぞ。」
「……ごめんなさい、先輩に迷惑かけちゃって。」
「そう思うならさっきから溢れてる涙拭け。これ、貸してやるから。」

英はすみませんと小さく呟いて俺が差し出した薄黄緑のハンドタオルを受け取る。英の長いまつ毛が涙で濡れている。それに俺は何故かつい見惚れてしまっていた。
この惨状を見て察せない程俺も子供じゃない。英は所詮いじめにあってるのだろう。英は容姿端麗だが、人見知りしがちで馴染むのに時間がかかる。そういったところが気に入らない輩がいたのだろうか?どう頑張って考えたところで憶測の域を出ないそれは特になんの意味のなさないのだろう。
俺のハンドタオルに顔を埋めていた英がバッとハンドタオルを取り払い、俺の方をむく。薄黄緑の一部が濃くなっていて、そこにあの瞼が押し付けられていたのかと一瞬妄想する。

「っし、先輩行きましょう!俺、もう大丈夫です!」
「おう、もう、無理はすんなよ。」
「ハイっす!」
「……あと俺に相談しろ。」
「わかりました!」

今さっきのことが嘘のようにニコニコと笑う英。こいつはまるで忠犬のように俺に懐いているが、全くもってその理由は分からない。それでも俺はこのポジションが中々気に入っていて未だ誰か他人に譲るつもりはない。
俺の隣を嬉々として歩いている英を眺める。俺は薄々こいつへのこの思いに気がついてはいるが、どうかまだ、友情だということにしてはくれないか。

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