ちょる

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「ね、お兄ちゃんまってよ!」

私の兄、斎藤叶は極度の自由人。信じられないくらい。今日のお祭りだって「なんか急に祭り行きたくなってきたんだけど。」とかぬかしやがって、わざわざ私が近場の祭り探してあげた。その後ようやく見つけたお祭りの開催地まで電車を何本か乗り継いでここまで来た。生憎うちには余り愛情を感じられない母と仕事人間の父しかいないが、お金だけはあるので自分たちの足でなら来ることが出来る。
兄には何故か謎の自信というものがあり、先程の言葉もあの後に、「俺が行きたいんだから凛乃も行きたいだろ?」とか言ってきて。本当に頭にくる。私の兄ながらいい性格してると思う。それでも私が断固拒否する訳もなくなあなあでついてきたのはなんだかんだいって、兄の言うことが図星であるからだ。血には抗えないということだろうか。
そんなことを考えているうちにあのスーパー自由人はもう見つけられないところまで行っていた。これだからうちの兄は。こういうところがめんどくさいんだよ。
そのまませっかく来たお祭りを楽しもうと目に入った屋台に手当り次第挑戦した。射的は兄への恨みを込めてクマのぬいぐるみを落としたし、くじ引きは兄への怨念からか分からないが、兄が好きなキャラクターが当たった。ふふん、どうだ、すごいだろ。家に帰ったら絶対自慢してやろうとにこにこしながら屋台から屋台へと渡り歩いていると、一人の男性に声をかけられた。何やら私の写真を撮りたいらしく、これから打ち上がる花火をバックに撮れるベストスポットへと一緒に移動してくれないか、との事らしい。正直私は顔が良い。というか私の家族は顔がいい。あの私の苦手な両親だって顔は素晴らしく良い。そこだけ……いや、やっぱりお金の面とそこは感謝してる。まぁ、つまりどういうことかと言うと、こういった声掛けは結構よくあるということだ。この人は私に一言理ってから撮影しようとしてくれたし、全然いい人だと思う。──そう油断した私はついその人の方へとついて行ってしまった。

ついてからわかった。これ良くないことだ。もうなんで道中で気づかなかったの私。いくら土地勘がないからって木々の中なんて花火見えないだろ。段々息を荒くし始めた男が私の左手首を右手で掴む。汗でねっとりしていて気持ち悪い、やめてください。と主張して引き剥がそうと思ったら右手の上に左手も乗せてきた。何だか気持ち悪い愛を囁かれてる気がする。段々気味が悪くなってきてさっきまでは出そうと思ったら出ていたはずの声が、出なくなってしまった。何を言ってるのかちょっと意味が分からない呪詛のようなそれを終わらせたかと思うと、右手の上にあったはずの手が私の胸元まで伸びてきていた。思わずヒッと声を出した瞬間、さっきまであった不快感が一掃された。キュッと瞑っていた目を恐る恐る開くと、目の前に誰かの背中があった。

「俺の妹に何してるんすか。警察突き出しますよ。」

兄だった。
あの兄にしては切羽詰まってそうな、余裕のないそんな声で。私を守ろうと間に割って入ってくれたのだ。いつからか見ていなかった背中は随分と逞しくなっていて、その"お兄ちゃん"の存在に安心した。そのままお祭りの関係者さんに男の人を連れていってもらうまで、お兄ちゃんはそばに居てくれた。あんなことがあった後だと言うのに、あのスーパー自由人らしくない優しさについつい頬が綻んでしまう。

「めっちゃビビったじゃん、絶対今後は知らない人について行くなよ。」
「私そんな子供じゃないんだけど。」
「現に危ない目に遭ったのはどいつだよ。」
「……はーい。気をつけます。」

全く凛乃は本当に危なっかしくて……といつまでも続きそうなあんまり好きじゃないはずのお説教が、急に愛しいものに見えてきて戸惑った。

7/28/2023, 2:46:10 PM