ちょる

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斎藤叶はどんなことでもやってのけるスーパー人間みたいなやつだ。運動だって、勉強だって、何だって到底俺にはできっこないことを難なくやってみせる。気づけば誰も彼も視線を釘付けにされているようなカリスマ性をも持っている。なんなら実家も太いらしい。そんな才能の塊の斎藤を、俺ん家までの帰路の途中にある自販機とセットの休憩所で見つけたのはほんの数日前のことだ。学校で見る斎藤とはてんで違ってそのギャップに死ぬほど驚いた。
俺たちはここ数日で随分と仲が良くなった方だと思う。今まではただ中学から同じの特に話す訳でもない凄いやつだったのが、パピコを半分こして、ダラダラと1時間他愛もないことを話すぐらいにはなった。斎藤とは高校で出来たダチにも、昔からのやつにも言いにくいようなことが嘘みたいなほどさらさらと話せて、この時間が日々の楽しみになりつつある。
今日も齋藤はお決まりのナタデココ入りのジュースを片手に休憩所の椅子で項垂れていた。美形はなにをしてても様になるってずりぃな、なんて思いながら齋藤の隣に座る。

「どうしたんだよ。斎藤今日いつもよりテンション低くね?」

今日は金曜日だからと理由をつけてご褒美に道中のコンビニで買ったパピコのヨーグルト味を斎藤の首筋にあてる。信じられないほど吃驚したみたいでめちゃくちゃ睨まれた。あれは仲良くなってからでも見たことがないほど鋭い眼光だった。ガチだ。謝罪の言葉を述べながら首筋に当てたパピコを渡す。ご機嫌斜めだったのが直ぐになおった。全くもって現金なやつだ。パピコの蓋を取りつつ今日もとりとめもない話に花を咲かせる。

あれから随分と話し込んでしまっていたみたいで、お礼に、と買ってくれたジュースもあと一口でなくなってしまう。そろそろお開きだという雰囲気が出てきたとき、斎藤の周りの空気がズンっと重くなった気がした。

「俺、詳しいことは言えないんだけど、明日引っ越すんだよね。」
「え、は?」

そんな斎藤の唐突な物言いに反射で声を漏らすも、そういえばこいつ中学のときも不思議なタイミングで転入してきたっけと思い出す。

「あーー、俺今の学校とか結構気に入ってんのにな。」
「もう少し、つってもあと半年はあるけど卒業じゃん。斎藤だけでも残れねぇの?」
「できないんだよな。これが。あー、ほんとだるい。」

強気な言葉で繕っているもののその声が震えていることから、いま斎藤は泣いている若しくは泣く直前なんだろう。斎藤は両手でおでこから頬の辺りまでを抑えてずっとなにかに耐えている。この仕草を俺は知っている。斎藤には少しばかりポエミーなところがあって、それも含めて俺は斎藤を気に入っているのだが、顔を隠しているのは恥ずかしさでもあるのだろうか。

「……所詮俺は鳥かごの中の一羽の鳥。外の世界は眺めるだけで、自ら出ることなんてできるわけがないんだよ。」

その言葉を聞いて俺は怒り狂った。許せなかった。俺には望んでも手に入らない程のものをこいつは簡単に拾ってきたのに、その全てに価値なんてなかったと言われている気分だった。

「お、っ前がそんなに悲観するなよ!お前はそれを覆せるほどの才能を持ってるだろ。鍵なんてないところから作り出して、他人の力になんて頼らずとも羽ばたける程の才能をさ!」
「藤野、 」
「なぁ、俺応援してるからさ。そのお前の力でさ、全世界に証明してやろうぜ。斎藤は鳥かごに収まってるような器じゃない、どんな場所へも行けるようなでけぇ鳥なんだって!」

ゼェハァと息が漏れる、つい感情が昂ってしまった。それでも後悔はなかった。今思う俺のありったけの感情を斎藤に全てぶつけられた達成感に満ち満ちていた。少し不安になって斎藤の顔を覗きみれば、何もかもを噛み締めて笑っていた。

「……そうだね、そうだ。俺は見せつけるよ。まぁ、でも先ずは全国かな?」

ニヤリと歪んだ口許を見れば、数年後こいつが全世界相手に戦っていることなんて容易い妄想だった。

7/25/2023, 1:08:25 PM