前略
春の雨が静かに降り、桜の花びらがひとひら、またひとひらと地へと落ちてゆく様子を眺めておりますと、なぜだか貴方と会えぬ日々のうちに、少しずつ心細くなってゆく私の心に似ているようで、思わず笑ってしまうのでございます。
本当は、このような手紙に私の想いなど交えないで、ただ穏やかな日々のことだけを綴れたならよいのでしょう。けれど、それではどこか味気ないように感じられてしまい、気がつけば筆はいつも貴方のもとへと向いてしまうのです。
貴方とまみえない時間は、思っていたよりもずっと寂しいものですね。差し支えないふりをして、何でもない顔で日々を過ごしておりますけれど、本当は少しだけ、いいえ、ずいぶんと、貴方を恋しく思っております。
ここまで誰かを想うなど、昔の私に話したなら、きっとありえないと笑われてしまうでしょう。けれど今では、この気持ちを手放すことの方が、よほどありえないことのように思えてなりません。
もしも、この想いが貴方と相容れないものであったならその時の私は、どのような顔で日々を過ごしていたのでしょうか。このように筆を執ることも、きっとなかったことでしょうね。
どうかこの手紙も、何気ないものとしてお読みくださいませ。けれど、ほんの少しだけ、貴方に甘えてしまっている私のことを、微笑ましく思っていてくださいな。
まだ春とはいえ、冷える日もございますゆえ、どうかお身体を大切になさってくださいませ。
草々
前略
貴方にお手紙を差し上げるのも、ずいぶん久方ぶりのように感じられます。とは申しましても、ほんの二日ほど間が空いただけでございますのにね。それでも私には、まるで幾日も幾夜も過ぎ去ったかのように思えてしまうのですから、可笑しなものでございますわ。
次に貴方にお目にかかれるのは、いつになるのでしょう。あと幾度、この寂しい寝床でひとり眠りにつけばよいのでしょうか。一刻も早くお会いしたいと、胸の奥では毎秒のように願っております。
けれどもその想いをそのまま綴ってしまえば、我儘娘と思われてしまいそうで、いつもそっと飲み込んでおります。きっと貴方も同じように、少しだけ寂しさを抱えてくださっているのではないかと、そんな風に信じておりますから、私ももう少し、我慢を覚えなければなりませんね。
さて、本日は一冊の物語を読みましたの。とても幸福な結末を迎える、二人の恋模様のお話でございました。
近頃の私は、不思議と恋物語から遠ざかっておりました。幸せそうに寄り添う二人の姿に、どうしても貴方を重ねてしまい、そのたびに胸の奥がきゅうと締めつけられてしまうからでございます。
本日もまた、笑い合う二人を眺めながら、気づけば一筋、涙がこぼれておりました。自分でも驚いてしまいましたわ。まさか物語の中の誰かに、ささやかな悋気を抱く日が来るなんて思わなかったものですから。
けれど、それほどまでに私は…
自分でも呆れてしまうほど、貴方のことをお慕いしているのでしょうね。
あの物語のように、いつの日か私たちも、穏やかで温かな結びへと辿り着けますでしょうか。遠回りをしても、涙を落とす夜があったとしても、最後にはハッピーエンドと呼べる日々を、貴方と共に迎えられることを願っております。
本日はこのあたりで筆を置かせていただきます。貴方のことを思い浮かべると、また涙がこぼれてしまいそうでございますから。
どうか、次にお会いできるその日まで、お身体を大切に、健やかにお過ごしくださいませ。
草々
見つめられると とろけちゃう
角砂糖よりも やわらかく
ひとさじ ふたさじ 恋をして
気づけばカップは 甘すぎる
くるり くるりと 世界が回る
ティーポットまで 頬を染めて
貴方の瞳に 触れたなら
わたしはすぐに 小さくなるの
ポケットサイズの 恋心
そっとすくって 飲みほして
「まだ足りない」と 笑うなら
いくらでも 差し上げますわ
見つめられると 言えなくなるの
好きの二文字が ほどけてしまって
だから代わりに この鼓動
耳を寄せて 聞いてくださいな
とくん とくんと 跳ねるたび
ぜんぶ 貴方のせいなのです
ねえ もう少し 近くへ来て
逃げたりなんて いたしません
だってわたしは もうとっくに
貴方の国の 迷い子ですもの
わたしの心は、穴の奥に落ちてしまったみたい。
気づけば、あなたという国に迷いこんでいたの。
おかしなことばかり起きるのよ。
あなたが笑えば、時計は逆さに進んで、
あなたが触れれば、言葉が砂糖みたいに溶けてしまう。
ねえ、どうしてかしら。
昨日より今日のほうが、今日より明日のほうが、
わたしは少しずつ、あなたに染まっていくの。
カップに注いだ紅茶は冷めないままで、
ページの終わらない物語の中、
わたしは何度も同じ問いを繰り返すの。
「これは夢?」
それとも…
あなたが「おいで」と言うたびに、
重力はやさしく裏返って、
わたしはまた、あなたのほうへ落ちていく。
もしもこの国に出口があるのだとしても、
きっとわたしは探さないわ。
だってここには、あなたがいるもの。
それだけで、すべてが少し可笑しくて、
どうしようもなく、愛おしいの。
前略
さて、本日は少しばかり、情けない胸の内をお聞きいただきたく、筆を取っております。
近頃の私は、「ないものねだり」というものを、しみじみと思い知らされております。
なんとも他愛のないことでございます。
人に甘える、ということです。
世の中には、ためらうことなく誰かに寄り添い、「寂しい」と素直に口にできる方がいらっしゃるのでしょう。そのような御方を拝見するたび、私はどこか羨ましく思ってしまうのです。
本当は、私も。ほんの少しでよろしいのです、貴方に甘えてみたいとそう願うことが、ございますのに。
いざとなりますと、言葉は喉の奥でほどけず、結局は何事もない顔を装ってしまうのでございます。まことに、不器用な性分でございますね。
とは申しましても、貴方は、不器用な私でよいのだと仰ってくださいましたね。そのお言葉に、どれほど救われているのでしょうか。
ですから、この拙いままの私で、もう少しだけ貴方のそばへ寄ってみたいと思います。
こうして貴方へお手紙を差し上げる折には、いつも頬を林檎のように赤らめながら、そっと筆を取っておりますの。幾分かは慣れてまいりましたものの、それでもなお、胸の奥がそわそわと落ち着かぬのでございます。
このようなことを書き連ねておりますと、貴方を少しばかり困らせてしまうのではと案じてもおりますけれど、もしそうでございましたなら、どうかお優しくお許しくださいませ。
もしも素直に、「会いたい」と申し上げられたなら。
もしも遠慮なく、「そばにいてほしい」と願えたなら
そのように思うたび、私はやはり、ないものねだりをしているのだと気付かされるのです。
ですが、このように拙い私ではございますが、ただ一人、貴方の前でだけは、いつかほんの少しでも、その叶わぬことを叶えたいと思っております。
上手に甘えられる方々のようには参りませぬでしょうけれど、その折には、どうか笑わずに、静かに受け止めていただけましたなら、これほど嬉しいことはございません。
今宵も、貴方を思いながら休みたいと思います。
……などと申しながら、やはり少々、気恥ずかしゅうございますね。
草々