この世界には窪みがある。落とし穴のようなものではなく、もっと緩やかな窪みだ。人はこの窪みに落ちていく。その窪みの中心には、その人の心を魅了してやまないものが置いてある。そして、この窪みの数や大きさ、位置、置いてあるものは人によって異なっている。
同じ世界に住んでいても、世界の見え方は人それぞれだ。だからこそ、我々はお互いの主観的な世界の差異を言葉で表現し、衝突を避け、時に共感する。
君の世界にはどんな窪みがあって、その中心には何があるのだろうか。私には君の世界を見ることができないから教えてほしい。
今の私の世界には一際大きな窪みがある。そこに転がり落ちていくと、そこには君がいる。
この世界には君がいる。
遠い君へ
「どうしてそんなにかわいいの?」と聞くと、多分君は「知りませんよそんなこと」って呆れ気味に答えるのだろう。
実際に君に尋ねることはできない。どうしても越えられない壁があるから。住む世界がたった一つ違うだけなのに、どうしてこんなにも遠いのだろうか。
君は虚構に過ぎなくて、この世界に君の実体はなくて、でもいつだって私の心の一番弱いところを掴んでくる。君は私を掴んで離さないのに、どうして私は君に触れることさえできないのかな。
「どうして君はそんなにかわいいの?」
聞いても君からの返事はない。届くはずもない質問を繰り返すうち、私の中で答えができてしまった。そして頭の中に君の声が響く。
「どうしても触れられないから、なおさら愛おしく感じるんですよ。」
う〜ん、君はこんなこと言わない!
だが私の浅薄な語彙と表現力では君の言いそうなセリフを捻り出すことさえできない。
どうして君はこんなにも遠いのだろうか…
遠い君へ
君の隣にいる夢をみていたい。
君の綺麗な髪が風になびいて、心地よい香りが感じられる。そんな情景を思い浮かべては現実を理解する。君の隣になんていられない。
もし、君の隣にいる夢を見れたなら、どれだけよかっただろう。想えば想うほど夢に現れてくれなくなるのはなぜだろう。
もしかしたら、今のこの世界が夢なんじゃないだろうか。君に会えないこの世界は、夢見の悪い日の作り物にすぎないのではないか。そうだったらいいな。そうしたら、この夢が醒めれば君の隣に。
だけど、何もかもが思い通りはいかないこの世界を現実と呼ぶのだ。だから、君の隣にいる夢を見ていたい。
遠い君へ
「そういえば、今日は私の誕生日でしたね。」
君が大人への階段をまた一段登った日。贈った髪飾りをそっと撫でながら、嬉しいと言ってくれたっけ。
これまで君に贈ったプレゼントの数は、君が一歩ずつ大人になっている証。時の流れとともに、次第に大きくなっていく。
少し前まで、あんなに小さかったのに。時の流れは面白い。君の成長をもっとみたいと思う反面、ずっとこのままでいてほしいとも思う。いつか、この手からひとり立ちする時が来ると思うと、嬉しいようで少し寂しい。
今この瞬間の君を焼き付けておこう。君は成長していくけれど、今の君を思い出せるように。
「手がちべたい...」
部屋に入るなり、真っ赤になった手をこすりながら君は言った。その手に触れてみると、まるで温度を失った氷のようだった。
手も耳も頬も、外界と触れる部分の全てが赤い君をみていると、凍てつく寒さの中で凍える君が目に浮かぶ。何もしてあげられなかったことがとてつもなくやるせない。
せめて、君の手から伝わってくる冷たさと引き換えに、君の手へ温かさを伝えたい。熱力学第0法則があるのなら、触れ合うものの温度は均一にならなければいけない。君だけが冷たくていいわけがない。
寒さが身に染みるときには、温もりもまた身に染みる。冷えきった君に少しでも温もりをとどけられたら嬉しい。
遠い君へ