放課後の私以外誰もいない、シーンと静まった教室。
窓際の席から外を見ると、夕陽がこっちを見ていて、目が合う。
彼氏に別れを告がれてから一週間。
ただでさえすごく落ち込んでいたのに、今日は彼氏が女子と手を繋いで歩いているのを見かけてしまい、更に落ち込む。
だからこうして、一人で教室でぼーっとしているのだ。
はぁ……私も夕陽のように溶けてしまいたい。
「なぁ~に黄昏てるんだよ」
ぶっきらぼうな声が教室内に響く。
振り返って確かめる必要はない。
この声は、間違いなく幼馴染みの健だ。
一人になりたいのに、なんでこういう時に限ってコイツが来るんだろう。
「まだ元カレのことで引きずってるのか?」
「うっ……」
しかも傷をえぐってくるし、なんなのコイツ……。
「まぁ、別れて正解だったんじゃないか?あいつ、今は別の女と付き合ってるし、浮気癖があるって噂だしな。合わなかったんだよ、お前と」
「……」
何も言えなかった。
友達にも「浮気癖があるみたいだから気をつけたほうがいいよ」と言われていたからだ。
「……で?あんたはここへ何しに来たのよ?」
振り返らず、夕陽に向かって健に言った。
「ふら~っと廊下を歩いてたら、下校時間なのに教室で動かない奴がいたから声を掛けたんだよ」
「ふ~ん……」
「最近は陽が落ちるのが早くなったからな。暗くなる前にさっさと帰ろうぜ。家まで送ってやるよ。ついでに愚痴も聞いてやるからさ」
「なによ、それ……」
それじゃまるで、私を励ましに来たみたいじゃない。
こういう時にやさしくされるの……なんか、ずるい。
「仕方ないわね……たーーーっぷり愚痴聞いてもらうから覚悟しなさい」
「ドンと来いだ。さっ、行くぞ」
振り返ると、健は私の鞄を持って、教室から出ようとしていた。
「ちょっと!待ちなさいよ!もう!」
私は夕陽と別れを告げ、健のあとを追いかけた。
夜空に次々と打ち上げられていく、色とりどりの花火。
俺は彼女と一緒に花火を見に来ていた。
今日は、緩やかな風が吹いている。
風が肌を優しく撫でてくれて、気持ちいい。
隣を見ると、彼女の髪は風でなびいていて、思わず見とれてしまう。
「どうしたの?私をじっと見て?花火、綺麗だよ?」
俺の視線に気づいたのか、彼女は俺を見て言った。
「花火も綺麗だけど、花火を見ている姿が綺麗だなぁって思ってさ」
「もぉー、さらっとそういうこと言わないでよー」
顔を赤くしながら、俺の肩を軽く叩く彼女。
思ったことを言っただけなのになぁ。
再び空を見上げ、花火を見る。
クライマックスで、沢山の花火が打ち上がり、夜空に無数の光の花が次々と咲く。
俺と彼女は感動の声をあげながら、花火を満喫した。
目の前に映る、俺の嫁と幼い子供達がいる幸せな家庭。
この幸せは夢じゃない。自分の手で手に入れたものだ。
これから先も、この幸せが夢で終わらぬよう、大切にしていこう。
三年後。
「もうあなたとは一緒にいられない。離婚よ。子供達は私が引き取るから」
嫁と子供達が家から出ていき、突然の孤独が訪れる。
これは夢だ。悪い夢なんだ……。
信じられない現実に、俺は頭の中で現実逃避を繰り返した。
学校の掲示板に貼り出されたテスト結果の順位表。
僕の順位は……一位ではなく、二位。
一位以外になったのは、今回が初めてだ。
「ふふ、今回は私の勝ちだね」
隣に、いつの間にか同じクラスの朝倉さんがいた。
彼女が、今回一位になった女子。
朝倉さんは明るくて、クラスの皆の人気者で、僕とは真逆の性格。
僕は羅針盤の針のように、乱れず、真っ直ぐ生きてきたはずなのに。
朝倉さんの存在が、針を乱す。
「ねぇ、関口君」
「えっ……?」
朝倉さんの顔が、近づいてくる。
「本当の実力はこんなものじゃないでしょ?次のテストで一位になったら……関口君の言うこと、なんでも聞いてあげるよ?」
耳元で朝倉さんに囁かれて、心の羅針盤の針が更に乱れてしまう。
「それじゃあまた教室でねっ」
そう言って、朝倉さんは教室へ戻っていく。
僕の心の羅針盤の針は、止まらなくなった。
沢山の人達が歩いている駅構内。
「またどこか会うかもな。じゃあな」
「うん、またね」
彼氏が、私に背を向けて離れていく。
私は、離れていく彼氏を追いかける。
彼氏は私に気づいたのか、立ち止まって振り向いた。
「あのさ、今、俺達の恋人関係は終わって別れの挨拶したよな?」
「う、うん……」
「分かってるならよし。じゃあな」
彼氏は再び歩き出し、私から離れていく。
私は、再び離れていく彼氏を追いかける。
しばらくすると、彼氏は立ち止まって振り向いた。
「だ・か・ら!別れただろ俺達!もう恋人じゃないんだ。付いてくるなよ!」
「だって……私……やっぱり別れたくないよ……」
彼氏の冷たい言葉を聞いて、胸が痛くなり、今にも涙が出そうだ。
でも、彼氏は冷たい言葉を続ける。
「そんなこと言われても、ちゃんと話し合って決めただろ?別れるって」
「そうだけど……やっぱり……」
「寄りを戻そうとか思ってないから、俺。もう付いてくるなよ」
「あっ……」
彼氏は早足で歩いていき、人混みの中へ消えていった。
……ま、いっか。
鞄からスマホを取り出し、GPSアプリを起動する。
赤い丸が、駅から出て商店街へ向かって動いていた。
彼氏のスマホ内部に、GPSを取り付けてある。
これで、彼氏がどこにいるのか、どこへ行こうとしているのか、丸分かりなのだ。
「ふふ……またねっ」
彼氏の現在地を見て、胸が温かくなった。