夜空に次々と打ち上げられていく、色とりどりの花火。
俺は彼女と一緒に花火を見に来ていた。
今日は、緩やかな風が吹いている。
風が肌を優しく撫でてくれて、気持ちいい。
隣を見ると、彼女の髪は風でなびいていて、思わず見とれてしまう。
「どうしたの?私をじっと見て?花火、綺麗だよ?」
俺の視線に気づいたのか、彼女は俺を見て言った。
「花火も綺麗だけど、花火を見ている姿が綺麗だなぁって思ってさ」
「もぉー、さらっとそういうこと言わないでよー」
顔を赤くしながら、俺の肩を軽く叩く彼女。
思ったことを言っただけなのになぁ。
再び空を見上げ、花火を見る。
クライマックスで、沢山の花火が打ち上がり、夜空に無数の光の花が次々と咲く。
俺と彼女は感動の声をあげながら、花火を満喫した。
目の前に映る、俺の嫁と幼い子供達がいる幸せな家庭。
この幸せは夢じゃない。自分の手で手に入れたものだ。
これから先も、この幸せが夢で終わらぬよう、大切にしていこう。
三年後。
「もうあなたとは一緒にいられない。離婚よ。子供達は私が引き取るから」
嫁と子供達が家から出ていき、突然の孤独が訪れる。
これは夢だ。悪い夢なんだ……。
信じられない現実に、俺は頭の中で現実逃避を繰り返した。
学校の掲示板に貼り出されたテスト結果の順位表。
僕の順位は……一位ではなく、二位。
一位以外になったのは、今回が初めてだ。
「ふふ、今回は私の勝ちだね」
隣に、いつの間にか同じクラスの朝倉さんがいた。
彼女が、今回一位になった女子。
朝倉さんは明るくて、クラスの皆の人気者で、僕とは真逆の性格。
僕は羅針盤の針のように、乱れず、真っ直ぐ生きてきたはずなのに。
朝倉さんの存在が、針を乱す。
「ねぇ、関口君」
「えっ……?」
朝倉さんの顔が、近づいてくる。
「本当の実力はこんなものじゃないでしょ?次のテストで一位になったら……関口君の言うこと、なんでも聞いてあげるよ?」
耳元で朝倉さんに囁かれて、心の羅針盤の針が更に乱れてしまう。
「それじゃあまた教室でねっ」
そう言って、朝倉さんは教室へ戻っていく。
僕の心の羅針盤の針は、止まらなくなった。
沢山の人達が歩いている駅構内。
「またどこか会うかもな。じゃあな」
「うん、またね」
彼氏が、私に背を向けて離れていく。
私は、離れていく彼氏を追いかける。
彼氏は私に気づいたのか、立ち止まって振り向いた。
「あのさ、今、俺達の恋人関係は終わって別れの挨拶したよな?」
「う、うん……」
「分かってるならよし。じゃあな」
彼氏は再び歩き出し、私から離れていく。
私は、再び離れていく彼氏を追いかける。
しばらくすると、彼氏は立ち止まって振り向いた。
「だ・か・ら!別れただろ俺達!もう恋人じゃないんだ。付いてくるなよ!」
「だって……私……やっぱり別れたくないよ……」
彼氏の冷たい言葉を聞いて、胸が痛くなり、今にも涙が出そうだ。
でも、彼氏は冷たい言葉を続ける。
「そんなこと言われても、ちゃんと話し合って決めただろ?別れるって」
「そうだけど……やっぱり……」
「寄りを戻そうとか思ってないから、俺。もう付いてくるなよ」
「あっ……」
彼氏は早足で歩いていき、人混みの中へ消えていった。
……ま、いっか。
鞄からスマホを取り出し、GPSアプリを起動する。
赤い丸が、駅から出て商店街へ向かって動いていた。
彼氏のスマホ内部に、GPSを取り付けてある。
これで、彼氏がどこにいるのか、どこへ行こうとしているのか、丸分かりなのだ。
「ふふ……またねっ」
彼氏の現在地を見て、胸が温かくなった。
木製の大きくて懐かしい小学校の下駄箱。
今日は、息子の授業参観だ。
久しぶりに小学校へ来たが、いつ来ても懐かしい気持ちになる。
当時はヤンチャで、よく先生に怒られてたな……。
下駄箱でスリッパに履き替えていると、近くの廊下の壁に大人達が集まって、何かを見ていた。
俺と同じ授業参観に来た人達だろうか?
気になったので、見に行ってみる。
後ろから覗き込むと、"将来の夢"と大きく書かれた文字の下に、複数枚の紙がズラっと貼られていた。
「ふふ、こんなことを書く子がいるのね」
「父親がこんなこと言うなんて、この子の親の顔を見てみたいもんだ」
将来の夢を書いた紙が沢山並んでいるのに、なぜか、皆は一枚の紙に注目している。
その紙に書かれていた将来の夢は……。
"ぼくは、泡になりたい"
力強く、そう書かれていた。
理由は……。
"「ボディソープのような泡になれば、女の人のはだにくっつくことが出来て、幸せの気分になれる。
これが、男にとって最高のよろこびであり、ごほうびなのだ!」と、パパがおさけをのみながら言ってたので、ぼくもそうなりたいと思いました。"
……なんじゃそりゃ。
酔っ払った状態で、子供になんてことを言っているんだ。
とんでもねぇ親だな。
俺もこの子の親の顔を見てみたいもんだ。
これを書いた子供の名前は……田中 直記。
俺の息子じゃねぇか!!!
酒飲んでる時にこんなこと言ってたのか……俺。
女性のボディソープの泡になりたいほど、俺は飢えていたのだろうか?
いや、今はそんなことはどうでもいい。
バレる前に、退却だ!
俺は一歩後ろへ下がり、早足でその場を去って、息子の教室へ向かった。
このあと、教室で息子に「パパ!」と大声で呼ばれて、バレたのは言うまでもない。