部屋の六割を支配しているポスターとアクリルスタンド。
全て、推しのグッズだ。
長年応援していたが、去年卒業してしまった。
当時、現実を受け入れられず、現実逃避していたと思う。
推しが卒業してから一年経ち、時間は掛かったけど、自分なりに気持ちの整理が出来た。
気持ちを一新するためにグッズを手放すか、そのまま残すか。
大げさに言えば、別れた彼女との思い出の品を捨てるか捨てないかと似たような悩みだ。
……確か、こういう推しグッズはフリマで売買出来たよな。
スマホでフリマのアプリをダウンロードし、持ってるグッズ名を入力して検索してみた。
今では手に入らないからか、当時の販売価格より数倍の価格で売買されていて、思わず笑ってしまう。
俺は金に目が眩み、持ってる推しグッズを全てフリマで売り飛ばした。
水滴が垂れ落ちる音しかしない真っ暗の洞窟。
戦士達がこの洞窟を通るという噂を聞いた魔物達は、戦士達を食らうべく、洞窟内の灯りを消して結界を張った。
突然灯りが消え、慌てる戦士達。
魔物達は、ゆっくりと戦士達の所へ近づいていく。
「魔法使い!ライトの魔法で光を!」
「分かりました戦士さん!ライト!」
魔法使いはライトの魔法を唱えるが、ふわっと光るだけですぐに消えてしまう。
「駄目です戦士さん!洞窟内に魔法力を低下させる結界が張ってあります!」
「魔物の仕業か。ならば……僧侶!頭を借りるぞ!」
戦士は僧侶の頭を両手で掴み、魔法使いの前に出す。
「戦士よ、了解する前にいきなり頭を掴まないでくれ」
「魔法使い!僧侶の頭にライトの魔法を使ってくれ!」
「……聞いとらんな。これだから若いもんは……」
「僧侶さん、頭借ります!ライト!」
魔法使いが僧侶の頭に向かってライトの魔法を使うと、まばゆい光を放ち、洞窟内は光に包まれる。
「なんだこの光は!グアアア!」
魔物達は光と共に消滅した。
徐々に光は収まっていき、消えていた洞窟内の灯りが再び灯る。
戦士は僧侶のハゲ頭を利用し、ライトの魔法を反射させて威力を上げたのだ。
「まさかわしの頭が役に経つとはな。これで先へ進め……ん?」
僧侶の周りには、光でやられた戦士と魔法使いが倒れていた。
休日の昼間の街に溢れかえる若い女性達。
すれ違うたび、いい匂いがする。
女性の匂いを堪能するのもいいが、俺は酸素になりたい。
そうすれば、女性の鼻と口から体内に入り、じっくり体内を冒険してから、女性の二酸化炭素となって外へ出れる。
想像するだけて頬が緩み、今にもよだれが出そうだ。
「ママー、あの人一人でわらってるよー」
「しっ!変な人に指ささないの!」
幼女と人妻にボロクソ言われているが、対象外なのでなに言われてもノーダメージ。
「……」
黒髪ロングの清楚な女性に、変な目で見られている。
ゾクゾクして、なにかに目覚めそうだ。
世の女性から冷たい目で見られても、俺は生きている。同じ空気を吸って!
「すぅーーー!」
「なんかこっち向いて息吸ってる!?」
「やだ!キモい!」
罵声を浴びながら、俺は思いっきり女性達の匂い付きの空気を吸ってやった。
この後、不審者として警察官から職質を受けたのは言うまでもない。
……やっぱり俺は、人目につかない酸素になりたい。
空は夜のように暗く、先が見えない海。
この海の中から探さないといけないのか……。
意を決して海に潜って探すが、全然見つからない。
いったいどこに沈んでしまったのだろう?
「まだ思い出せないの?」
海の外から、彼女の声が聞こえてきた。
「も、もう少し待ってくれ!すぐに思い出すから!」
俺は慌てて彼女に返事をする。
彼女はもう待ってくれそうにない。早く探さなければ。
いったいどこにあるんだよ……彼女と付き合い始めた日の記憶は!
この記憶の海の中にあるはずなのに、見つからない。
海から出て、待ちくたびれている彼女に結果を報告する。
「ごめん。思い出せなかった。いつだったっけ?」
「今日よ!バカ!付き合い始めて今日で一年なのに忘れるなんて、信じられない!」
女って、どうしてこんなに記念日とか気にするんだろう?
忘れてた俺も悪いけど、そこまで怒るかね……。
「俺が悪かったよ。ごめん。埋め合わせはきちんとする。なにかしてほしいことがあれば言ってくれ。なんでもするから」
俺は頭を深く下げ、彼女に謝った。
「分かった。今回は許してあげる。でも、ちゃんと覚えててね?」
「もう絶対に忘れないさ」
今度はすぐ思い出せるよう、記憶に目印をつけておこう。
「なにしてもらおうかなぁ」
彼女はあごに手を当てて、俺になにをしてもらおうか考えている。
「じゃあ、私の大好物をご馳走してくれる?」
「お安いご用さ。えっと……」
彼女の大好物って……なんだっけ?
俺は思い出すべく、再び記憶の海に潜った。
電気がついていなくて、時計の秒針が動く音しかしない家の中。
俺のことを分かってくれるのは、ただ君だけ。
そう……思っていた。
「あなたとはもう一緒に居たくない。離婚して」
時間を掛けて愛を育んで一緒になったのに、別れる時は一瞬。
暗い家の中を見ていると、寂しさと恋しさが襲ってくる。
「パパー」
娘に呼ばれて、我に返る。
どうやら俺はボーッとしていたらしい。
妻と別れてから、娘の幼稚園の送り向かいは俺がしている。
娘には色々苦労かけて、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「だいじょうぶだよパパ。わたしがついてるから。ずっといっしょだよ」
娘は花が咲いたようにニコニコ笑う。
見ているだけで、心が温かくなっていく。
「……ありがとう」
娘の頭を撫でると、娘は「えへへ」と喜ぶ。
娘に心配かけないよう、もっとしっかりしないとな。
俺は娘と手を繋ぎ、照明スイッチを押して、家の中の明るくした。