授業から解放され、一気に騒がしくなる昼休憩の教室。
皆は食堂へ行ったり、席を移動して誰かと一緒に弁当を食べている。
私は自分の席で弁当を広げ、周りで会話している皆の声をBGMにしながら、一人で黙々と食べていく。
「あー、あー、マイクテステス」
教室のスピーカーから、男子の声が流れた。
皆は会話を止め、スピーカーに注目している。
「声入ってるな……よし。えー、今から俺は好きな人へラブソングを送ります!その好きな人というのは……2年C組の池田綾子!君だ!」
口に入れていたおかずを噴き出しそうになった。
池田綾子って、私のことじゃん。
てか、どこのクラスの男子よ。名を名乗りなさいよ。
皆から視線を浴び、私は注目の的になっている。
「綾子、俺のラブソングを聞いてくれ。タイトルは『綾子アイ・ラブ』」
タイトルが直球過ぎて、思わず口が開いてしまう。
名前を連呼されるし、タイトルにも名前が入ってるし、すごい恥ずかしいんだけど?
そんなことはお構い無しに、スピーカーからギターの音が流れ始める。
「綾子~(綾子~)好きだ~(好きだ~)。愛してる~(愛してる~)。俺と~(俺と~)付き合ってくれ~(くれ~)」
自分でセルフエコーして恥ずかしくないのだろうか?
聞いているだけで、生気を吸いとられている気分になる。
私は我慢出来なくなり、席を立ち、教室を出た。
「綾子~(綾子~)好き好き好きだ~(好き好き好きだ~)俺と~(俺と~)幸せな未来を~(未来を~)作ろう~~~!」
「お断りよ!この恥知らず野郎!」
「いてぇ!」
私は放送室へ行き、背後から男子の頭にげんこつしてやった。
男子の痛々しい声が、学校中に響き渡る。
次の日から、私は“げんこつ綾子“と呼ばれるようになり、学校で有名人になった。
エアコンが効いて快適過ぎる教室。
昼飯を食べたあとは、睡魔が襲ってきて眠い。
ただでさえ眠いのに、午後一発目の授業は国語。
先生が喋る言葉が子守唄のように聞こえ、更に眠気が増す。
マジックでホワイトボードに書く時に鳴る“キュッキュッキュッ“の音は、まるで子守唄の間奏のようだ。
もうすぐ中間テストだから、眠気と戦いながらホワイトボードを見ていると、横から紙くずが飛んできた。
なんで紙くずが?俺の席はゴミ箱じゃないぞ。
紙を広げると、何か書いていた。
『あなたのことが好きです。私と付き合って下さい!山本より』
紙はくしゃくしゃだけど、字は綺麗で可愛い。
これはもしかして、ラブレターってやつか?
山本って……。
周りを見渡すと、一人の女子がこっちを見ていた。
山本さんは大人しくてクラスであまり目立たない子だが、隠れ美女として、男子の間で噂になっている。
まさか授業中にこんな大胆なことをしてくるとは。
山本さんは照れているのか、こっちを見ながらあたふたしている。
ふっ……可愛いやつめ。
俺は見つめてくる山本さんの目を見つめ返し、イケメンスマイルを送った。
だが、山本さんは大きくぶんぶんと首を横に振る。
多分、『他の子達に見られちゃうから、あとで私だけに見せて!』と訴えているのだろう。
仕方ないなぁ、あとでたっぷりイケメンスマイルを見せてあげるか。
「田中君っ」
隣の井上さんから、小声で呼ばれた。
同時に折りたたまれた紙を渡される。
「山本さんからだって」
紙を受け取ると、井上さんは何事もなかったかのように、すぐにホワイトボードの方を向く。
これは、追いラブレターってやつか?
授業が終わってからたっぷり告白を聞いてあげるのに。
まったく、我慢が足りない子猫ちゃんだぜ。
山本さんからの追いラブレターを開き、内容を読む。
『さっきの手紙、田中君へ送ったものじゃないの!返して!』
さっきの字とは違い、力強くて荒々しい字。
つまり、他の誰かに送るラブレターが、まちがって俺の所へ飛んできたということか。
俺は告白されるどころか、フラれただけになってしまった。
俺の純粋な心に、ダメージを負う。
恥ずかしさと怒りで、ビリビリと音と立てながら紙を破りちぎる。
「ちくしょー!」
「うるさいぞ田中!」
先生に注意され、更にダメージを負った。
緑が多くて、自然溢れる公園。
木々の隙間から太陽の光が差し込み、あちこちに光の柱が出来ていて、神秘的な世界に包まれている。
今日も、気になる彼女に会いに来た。
彼女は草のじゅうたんに寝転び、光の柱に当たって、気持ち良さそうに日向ぼっこしている。
俺は気づかれないようゆっくり近づき、彼女の横に寝転ぶ。
今日は気温が低めだから、ぽかぽかした太陽の光が気持ち良くて、このまま寝てしまいそうだ。
「ふあ~~~」
俺が大きな欠伸をすると、彼女の体がビクッと跳ねる。
こっちを向き、俺を確認すると、プイッと顔を反らす。
初めて出会った時は目を合わせてくれたのになぁ。
これでも彼女との距離は縮まったと思う。
最初は近づくだけで逃げられたし、心を開いてくれなかった。
諦めずに何度も彼女と接した結果、逃げなくなった。
まぁ、俺が一方的に話しかけたんだけど。
いつかまた、目を合わせてくれる日は来るのだろうか。
彼女の頭を撫でようとすると、パンチが飛んできた。
「にゃっ!」
気安く触るんじゃないよ!と訴えるかのような猫パンチ。
彼女は立ち上がり、俺に尻を向けて去っていく。
思わず見入ってしまうほどの、ふわふわの尻尾とプリプリなお尻。
「まったく、照れ屋な子猫ちゃんめ……ん?」
彼女のお尻の下には、立派なにゃん玉が付いていた。
どこまでも広がる青い海と青い空。
見ているだけで吸い込まれそうになる。
どうして海と空は青いのだろう?
地球に水が多いからか、太陽が光を照らして青くしているのか、神様が頑張って色を塗ったのか。
そんなつまらないことを考えながら、海と空をぼーっと見ている。
「おじちゃん、じゃまだよ。そこどいて」
「っと、ごめんよ」
「ありがとー!」
俺がその場から離れると、女の子は俺が立っていた場所にしゃがみ、小さい青いスコップで砂浜を掘り始めた。
周りには、潮干狩りに来ている人達でいっぱいだ。
「……帰るか」
まったく、独り身はつらいぜ。
砂浜を歩いている途中で強風が吹き、目と口に砂が入る。
「ゲホッ!ゲホッ!ぺっぺっ!」
俺は足を止めて振り返り、青い海と青い空に向かってキッと睨み、目で文句を言ってやった。
テーブルの上に並んだ甘いお菓子達。
仕事帰りに、お気に入りの洋菓子店で買ってきたのだ。
『先輩は彼氏との甘々な思い出とかあるんですか?』
今日、職場で後輩から聞かれた質問。
今思い出しても、腹が立つ。
私は今まで彼氏が出来たことがないし、仕事以外で男性と話すことはほとんどない。
私が回答に困っていると、後輩は追い討ちをかけるように攻めてくる。
『あれれ?もしかして先輩って──』
『あ、あるわよ!少しぐらい……』
つい勢いで言ったけど、後輩はニヤニヤしていた。
絶対バレてるよね……。
「はあ……」
大きな溜め息を吐きながら、お菓子を掴んで口へ運ぶ。
疲れた時とストレス発散は、やっぱり甘い物を食べるに限るよね。
手を伸ばすごとに、次々とお菓子が減っていく。
お腹の肉を掴むと、まるで大きなハンバーガーを掴んだような感触がする。
ダイエット、したほうがいいかな。
痩せたら彼氏が出来るかもしれないし。
甘々な思い出どころか、体重が増えていく一方だ。
「今日は沢山お菓子買っちゃったし、まっ、いっか。お菓子に罪はないし、食べよ食べよ♪」
私は鼻歌混じりでお菓子を口の中に入れ、ゆっくりと何度も噛み、甘々でとっても幸せな時間を堪能した。