たーくん。

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3/27/2025, 1:33:48 PM

寒さが長引き、急に暖かくなった四月。
夜まで暇潰しにベッドで寝転がっていると、スマホに電話が掛かってきた。
相手は、同じ学校のクラスの山下。
「よぉ!大樹!青春してるか!」
「いきなりなんだよ山下。急に暖かくなって頭がやられたか?」
「俺はいつでも健全だぞ。イヒヒ」
山下が下品な笑い方をしているということは……また何か企んでいるな。
今回は何をしようとしているんだ?
「で、要件は?」
「俺と夜桜見に行かないか?イヒヒ」
「はあ?なんで男同士で見に行かないといけないんだよ」
「絶好の花見スポットがあるのさ。場所取りはもうしてある。行かないか?」
「悪いな山下。俺は今夜、彼女と花見に行くから無理だ」
「最近出来たっていう彼女か……。そかそか、沢山青春してくれ。仕方ない。俺一人で覗くことにしよう」
「えっ?」
なんて言ったか聞き返そうとしたが、既に電話は切れていた。
ま、いっか。
夜のデートに備えて、少し仮眠しておこう。

彼女と来た場所は、隣町にある大きい公園。
公園内のあちこちに桜の木があり、隠れた花見スポットらしい。
桜は満開なのにライトアップはしておらず、折角の桜が残念に思える。
光は街灯のみで、少し薄暗い。
「大樹、ちょっと薄暗いね」
「そうだな……咲子、俺から離れるなよ」
「うんっ」
俺の手をぎゅっと握る咲子。
今日はピンクのワンピースを着ていて、まるで春が歩いているみたいだ。
「どうしたの?」
「い、いや、なんでもない」
久しぶりに会った咲子に見とれてしまっていた。
とりあえず、明るい所を探すことにしよう。
……気のせいだろうか?あちこちから人気を感じる。
目を凝らしてよく見ると、男女が抱き合っているのが見えた。
それも一組だけはなく、何組も……桜の下で……。
うおっ、キスしてる!
おおっ!そこまでやるか!外で!
おっと……つい興奮してしまった。
薄暗い公園で淫らな行為をしている男女。
綺麗な桜の下でやるなんて、乱れすぎだろ。
「やだ……皆あんなことしてる……」
咲子も、俺と同じものを見てしまったようだ。
「大樹……あんなことをするためにここへ来たの?」
咲子の声が少し震えている。
「ち、違うんだ咲子!そんなやましいことは……少しはあったけども……いや、そうじゃなくて!」
「やっぱりそうだったんだ……大樹のエッチ!変態!痴漢野郎!野外魔!」
咲子は俺の手を払い、走っていってしまった。
すぐに追いかけようとしたが、薄暗くてすぐに咲子を見失う。
「イヒヒ。大樹、見ていたぞ」
この下品な笑い方は……。
振り向くと、山下がいつの間にか立っていた。
手には、望遠鏡を握っている。
「どうしてここに山下がいるんだ?」
「電話で言っただろ?絶好の花見スポットがあるって」
「……覗きか」
「イヒヒ。花見だよ。花見。大樹も気分転換に一緒に見ようぜ」
「そうだな……今はそうしたい気分だし、存分見てやる!」
山下から望遠鏡を借り、二人で花見を満喫した。

3/26/2025, 1:29:49 PM

世界がモノクロにしか見えない私の目。
色が見えるように、私は目の手術をすることにした。
成功率が極めて低く、失敗すると失明する手術。
次に気がついた時には、手術はもう終わっていた。
目を開けると、目の前が真っ暗。
もしかして……失敗したのだろうか?
「安心して。手術は無事成功したよ」
近くから、男の人の優しい声が聞こえた。
手術を担当してくれた先生だそうだ。
成功という言葉を聞いて、ほっとする。
「見せたいものがあるから、ちょっと移動するね」
身体が浮き、何かに座らされる。
車椅子だろうか?
キコ……キコ……と音を鳴らしながら移動している。
「よし、包帯を取っていくから、そのまま動かないように」
目に巻かれているものが取れていき、少しずつ、光が開かれていく。
「わぁ……」
目の前の景色を見て、思わず声が出た。
「さっきまで雨が降ってたけど、すっごく良い天気になってね。まるで君が起きるのを待ってたみたいだ」
先生の優しい声が、心に染みる。
私が初めて見た色の付いた世界は、空に大きく架かった七色の虹だった。

3/25/2025, 1:05:56 PM

テープ跡のように、いつまでもしつこく残っている嫌な記憶。
楽しい記憶で埋め尽くしても、ふとした瞬間に嫌な記憶が這い上がってくる。
俺は嫌な記憶を消してもらうために、記憶屋に来た。
偶然ネットで見つけた店だが、一部でしか知られていない店らしい。
中に入ると、すぐに奥の薄暗い部屋へ案内され、ベッドに寝かされた。
「本当に、消していいのか?」
店長と名乗る男に、記憶を消していいか確認される。
部屋が暗くて、店長の顔が見えない。
「ああ、頼む」
「本当に……だな?」
どうして何度も聞いてくるのだろう?
「何か問題があるのか?」
「一部の記憶だけ消すと、性格が変わるかもしれない」
「嫌な記憶を消したぐらいで変わる訳が……」
「その記憶があるから、今の自分がいるんだ。大袈裟に言えば、記憶を消すということは自分を否定することになる。あと……」
「小言はいいから早く消してくれ!」
「……分かった」
俺はただ、嫌な記憶を消したいだけなんだ。
そうすれば、きっと……。
「そのまま動かないように」
頭に、何か被される。
しばらくすると、頭の中の何かが……スーっと抜けていく。
「消し終わったが、どうだ?気分は」
「あ……あ?」
嫌な記憶を消して良い気分のはずなのに、なぜか、不安で、すごくイライラする。
「記憶の一部が無くなって、不安になってるんじゃないか?」
「んなこと……ねぇよ」
「今ならまだ戻せるぞ」
「……」
「どうする?」
「……戻してくれ」
「分かった」
結局、俺は嫌な記憶を戻してもらい、店から出た。
嫌な記憶でも、消えるとあんなに不安になるとは……。
どんな記憶でも、俺にはかけがえのないものなんだと感じた。

3/24/2025, 1:09:56 PM

霊柩車へ運ばれていく、親父が入った柩。
ムカつく野郎で、口を開けば喧嘩ばかりしていた記憶しかない。
そんな親父が大病にかかり、日に日に弱っていく姿を見て、ざまぁみろと思っていた。
柩が霊柩車の中に入り、後ろのドアがパタンと閉まる。
今日で、親父とはお別れだ。
もう親父は、家に帰ってくることはない。もう二度と。
……。
最後ぐらい、優しくしてあげればよかったな……。
後悔の気持ちを抱きながら、火葬場へ向かった。

3/23/2025, 1:42:33 PM

黒板に書いた、雲りと曇りのチョーク文字。
放課後、クラスメイトが帰った誰もいない教室で、俺は女子と二人で個人授業をしていた。
「はーい、先生!」
一番前に座っている女子が手をあげた。
「なんだね、ダメ子くん」
「ダメ子じゃないよ!咲恵子だもん!」
頬を膨らませ、子供のように怒る咲恵子。
俺の幼馴染みだ。
「じゃあ咲恵子、なんだね?」
「どっちも同じくもりだけど、何が違うの?」
「うむ、科学的に言うと……」
俺は眼鏡をかけていないが、くいくいっと眼鏡を動かす動作をする。
「先生、鼻がかゆいの?」
……かっこつけて損した。
「まぁ、咲恵子に分かりやすく言うと、空にポツポツと雲があるのが雲りで、空に雲が覆われているのが曇りだ」
「どっちがどっちのこと?」
「……」
口だけで説明したから、伝わらなかったか。
俺は教卓に肘をつき、頭を抱える。
「……ごめんね。和輝」
咲恵子は申し訳なさそうな雲り顔をした。
「なんで謝るんだよ」
「私が学校に行きたいって言ったから」
「お前は悪くないよ」
「授業受けたいって無茶振りしたから……」
咲恵子は身体が弱く、学校にあまり通えていない。
そのせいか、学校へ行くこと自体が怖くなってしまったようだ。
でも、今日は学校に行きたいって言ったから、俺は咲恵子を誰もいない放課後に連れて来て、俺が先生役をしている。
「だから、ごめんね。和輝」
雲り顔から、雨の顔になりそうな咲恵子。
俺は咲恵子をそんな顔にするために、学校へ連れてきたんじゃない。
「よーし!今日の授業は自習だ!」
俺は教卓から離れ、咲恵子の隣の席に座った。
「和輝?」
「先生は用事でいなくなったから。今から俺も咲恵子と同じ生徒だ」
「う、うん」
「よーし、咲恵子。遊ぼうぜ!」
「だ、駄目だよ和輝。ちゃんと勉強しないと」
「咲恵子は優等生だな。こうしてクラスメイトと交流するのも大事なんだぞ」
「うん……」
今、咲恵子に必要なのは授業よりも……。
「俺がここのクラスメイトの役をしてやろう」
クラスメイトと交流することだと思う。
俺はクラスメイトの特徴を思い出しながら、席を移動して真似をする。
咲恵子が、また学校へ来たいって思ってくれるように。
咲恵子が、友達が欲しいと思ってくれるように。
「和輝、本当にそんな子いるの?」
咲恵子は笑いながら俺に言った。
「ああ、実在するぞ。そいつは面白い奴なんだ」
学校の楽しい思い出を、咲恵子の記憶に残してやりたい。
「俺のクラスはいい奴ばかりだ。まぁ、担任は少し癖があるけどな」
「ふふ、毎日楽しそう。でも……」
「でも?」
「和輝もいるから、もっと楽しいだろうね」
「そ、そうかな」
「うん!」
咲恵子は、雲り顔から晴れた太陽の顔になっていた。
「俺もさ……」
「うん?」
「いや!なんでもない!暗くなってきたから、そろそろ帰るぞ!」
「えー!なにを言おうとしたの?」
「なんでもねぇよ!」
咲恵子がクラスに居たら、きっと、もっと毎日楽しいだろうなと思った。

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