風雪 武士

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2/1/2026, 5:56:40 AM

旅路の果て。

僕の旅物語は、明石海峡の潮騒が響く兵庫県淡路島から始まる。
この島で生まれ育った。
山と海に囲まれた大自然の中にいるが、僕はインドア派なので興味なかった。
ちなみに淡路島はスターの産地、テレビ等で一度は目にした有名人がいます。
俳優の渡哲也さん、作詞家の阿久悠さん、女優の大地真央さん、朝比奈彩さん、お笑い芸人の上沼恵美子さん、ドラゴンクエストの堀井雄二さん、阪神の近本光司さん、村上頌樹さん等々錚々たるメンバーだ。
みんな嫌がって飛び出した田舎なのに、3年ぐらいすると静かに戻ってくる人が多い。
僕は都会暮らしが楽しいので彼らが不思議だ。
兵庫県のとある街に私は住んでいたが、若いうちに県外で経験を積むのもいいかなと思い、静岡県という新たな舞台で力を試す事になった。
その後、青森に転勤を経て宮崎県に異動移り現在にに至る。
本当は大阪府に住みたかった。
だが、当時の僕に実力はなかった。
静岡県に行った時は数年で兵庫県に帰郷するつもりだったのに、結果として故郷は遠ざかるばかりだ。
宮崎で恋人を得たなら、眩しい太陽を友として暮らすんだけどね…。
旅路の果ては神戸と決めている。
その時は、一軒家を借り地域猫の面倒をみるつもりです。
ああ、人生は上手く行かない。

1/30/2026, 11:01:14 PM

あなたに届けたい。

ピンポ−ンと僕は家のインターホ−ンを押した。
十年ぶりに実家に戻った。
「はい」
母親が玄関を引き開けた。
「母さん、久し振りだね」
僕はそう言って頬を緩めた。
「おお、武士!ホンマ久し振りやな…」
母親は笑顔を浮かべた。
驚かせたい一心で、内緒にしていた。
「実は母さんに紹介したい人がいるんだ、おいで」
僕は、物陰に隠れていた女性を手招きして呼び寄せた。
「こちらは智恵さん、僕の恋人です」
「初めまして、智恵です。よろしくお願いします」
智恵は膝の上で指先を揃え、静かに上体を反らした。
「あら、こちらこそよろしくお願いします」
母親も彼女に倣ってお辞儀をした。
「とりあえず、中に入ろう」
三人はテ−ブルを挟んで椅子に腰を下ろした。
テ−ブルにはコ−ヒ−の香りが満ち、クッキーが丁寧にしつらえてあった。
「来年、イタリアで結婚式するから母さんも来てよ」
僕は言った。
「海外旅行は初めてだし、不安やな…」
母親は渋った。
「母さん、私がサポートするんで安心して下さい」
智恵は説得した。
母親は小さく頷き、「喜んで出席させてもらうわ」
と微笑んだ。
三人の弾んだ声が、静かな家を明るく塗り替えていった。

実現させたいが、出会いがないし、稼いでないから正直難しいです。
なので、母親には高級肉をアマゾンで注文して郵送しました。
うーん、現実は厳しい…。




1/29/2026, 11:24:29 AM

I LOVE…。

202X年。
僕は自衛隊の特殊部隊「ニンジャ」の一員である。
拉致された日本人を救出する為、北朝鮮に潜入する。
危険な任務だ。
生きて帰るかどうか分からない…。
だが、誰がやらなければ解決しないのだ。
僕は恋人に電話した。
「ハロー、武士、グッドイブニング!」
ナターシャは電話に出た。
「グッドイブニング!実は今から北朝鮮に拉致被害者救出の為に潜入するんだ」
武士は言った。
「ええ!本当に?」
「ああ、もちろん、こんな事で嘘つかないよ。それでナターシャに伝えたい事がある」
「何?」
「I LOVE… 」
「私もよ、I LOVE…」
「今まで言えなかったけど、最後になるかもしれないから…」
「何バカな事を言ってるのよ!貴方は無事に任務を終えて私を幸せにする義務があるのよ!絶対に死なないで!生きて帰ってくるのよ!!」
「分かった!約束するよ!僕の帰りを待っててくれ!!」
僕は電話を切って潜水艦に乗り込んだ。
必ず生きて帰ると心に誓って…。
3ヶ月後、死闘の末、隊員に犠牲は出たが拉致被害者全員救出に成功した。
僕は重傷を負ったが、日本の土を踏むことが出来た。

「好き」などは言った事はあるが、I LOVEはない。
今の人はそう言ってるのでしょうか?
逆に知りたくなりました。
余談だが、福山雅治主演の大河ドラマ「龍馬伝」の最終回をたまたま見た時に、龍馬役の福山雅治が恋人のお龍に「I LOVE YOU」と手紙に書いて、意味も説明していた。
こんな事有り得ないし、伝わらない!
今でこそアメリカは世界の中心であり、憧れの存在だが、江戸時代は外国人を忌み嫌っていたのだ。
NHKの大河ドラマは歴史考証もおかしい、つまらないので一切見ない。
読者の皆様や関係者の方々で「I LOVE」と言う相手がいらっしゃるのなら、お幸せに…。
いない方は見つかる事を願っています。

1/28/2026, 11:54:21 AM

街へ。

僕は淡路島出身なので、明石市に行くのが街へ繰り出す事になる。
明石に行くにはバスで船乗り場に行き、高速船に乗り込まなければならない。
その為、時間もお金もかかる。
初めて明石に行ったのは小学生の頃。
当然、お金がないから年に数回しか行けなかった。
明石にあるデパート内の様々な店舗に驚き、吉野家の牛丼を食した時の感動は今でも思い出す。
なので、吉野家の牛丼はいまだに大好物だ。
淡路島は残念ながら田舎である。
「淡路島にマクドナルドが出来るよ!」
「マジで!?」
「淡路島に吉野家が出来るよ!」
「嘘でしょう!?」
「淡路島にローソンが出来る!」
「本当に!?」
とニュースになるぐらいだ。
田舎は不便である。
都会に生まれて暮らしたかった。
人生観も変わったと思う。
現住所も田舎である。
都会へ行くには電車で1時30分乗車しなければならない。
普通車しかなく、新快速、快速がないのだ。
正確には快速はあるが、別途千円必要である。
兵庫県にいた頃には考えられない事だ。
「普通電車待ち合わせの為、5分停車します」
某駅に停車すると車掌のアナウンスが必ずある。
「誰もそんなの望んでねえよ!!タダでさえ遅いんだから、ササッと出発しろ!!」
そんな事を、車掌に言うと問題になるのでいつも心の中で突っ込んでる…。
会社の異動先はいつも田舎…。
僕はナチュラルカントリーリヴマスターなのだろうか?
こんな才能はいりません!
定年退職したら憧れの神戸で暮らしたいな…。
そう願う日々である。




1/28/2026, 7:33:43 AM

優しさ

僕が小学生の頃は、この世界は優しさに包まれていると思っていた。
たが、心身共に成長するにつれてニュースを視聴するようになり、なんて冷たい世界なんだとガッカリした。
大人になって、社会に飛び込んで様々な挫折を経験して絶望した。
そんな時に阪神淡路大震災で被災した。
幸いウチの家族は僕を含めて怪我すらしなかった。
だが、家は半壊した。
修理に大金を払うことになったがまだマシな方である。
世間では家や家族を亡くした方が大勢いたのだ。
そんな時に僕に青年団からボランティアの誘いがあった。
しかし、僕は断った。
今の僕なら喜んで引き受けるが、当時は仕事ができない可哀想な男だったので足手まといになり、皆様に迷惑をかけると思ったからだ。
この選択はいまだに後悔している。
ボランティアをされてる方々には本当に頭が下がります。
僕が行ったボランティアと言えば献血を3〜5回ぐらいだ。
それで意を決して骨髄バンクにドナ−登録した。
2年後、骨髄が適合したドナ−が見つかった。
僕は喜んで骨髄移植手術を了承した。
だが、手術は本人の許諾だけでなく家族の合意が必要である。
手術は安全だ、成功率は高い、人の命を救う尊い行為だと母親に説明した。
しかし、母親は「断ってくれ!」と反対した。
残念ながら母親は悪い意味で考え方が古い。
僕は、母親の望みを何一つ叶えてないので受け入れるしかなかった。
これもいまだに悔やまれる出来事だ。
阪神淡路大震災で、世界の方々から援助していただいたのに恩返しが出来てないので、本日、セ−フ ザ チルドレンさんに少額ですが毎月寄付することにしました。
大したことはできませんが、社会に貢献します。

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