【お題:冬は一緒に】
物語には分岐点が必要だ。
長ければ長い程、その分岐は重要となり、物語の世界を変え、揺るがすものとなる。
雪が降る。まだ、積もってはおらず、積もる程激しくない。
しんしんと、静かに、まるで世界を覆うように。
「雪か……」
「柘榴? 外にいると風邪を引くぞ」
呼ばれた男は振り返る。同じく空を眺めていた彼に、微かに笑顔を返すと、また空へと目線を戻す。
「憖か、もう冬になるな……」
「あぁ、そうだな。雪が積もる前に全ての片がついて良かったよ」
「何を言う、何も解決してないだろう」
呆れたようなその声も、その後の返しも、雪のように解けていく。
静かに、静寂をもたらすその気配を、誰が目ざとく察する事が出来ただろう。
物語には分岐点が必要だ。
長く、長く、その中心を変えて進む物語は、氷河期へと進んでいく。
「空気が冷たい、これは長くなりそうだ」
誰がが、その空に向かって手をかざす。手に乗った雪は溶け、水へと変わる。
水は凍り、また雪が積もる。
「レイ、どうかしたのか?」
「……青龍、雪が長くなりそうだ。どうやらレースロワの分岐点らしい」
「分岐点? 何を言ってるただの雪だろ」
「ただの雪にしては、空気が冷た過ぎる」
何か魔法のような気配がする。その言葉を聞いていた、青龍は、顔を顰めた。
大地に降り注ぐ雪は、平等に、公平に振り積もっていく。
まるで、皆に冬は一緒にやってくる。そう告るかのように。
世界を覆う冬がやってくる。
ーあとがきー
今回のお題は冬は一緒に。
多分、恋愛系のお題だとは思うのですけど、全くもって不穏な空気だけが漂いました。
今回の語り部はなしっ!強いて言うなら、司書エルちゃんが近いかもしれません。ありがとう、ごめんね、の時の語り部ですね。
抽象証言だけの短編。レークスロワという大陸の話のみを書いていますが、お題によって時間軸もバラバラ、キャラクターもバラバラとなっておりますが、きちんと時間軸はあります。
今回の時間軸は、前の話とりとめのない話からは、数十年前。
まぁ、時間軸が大幅に他短編と同じくらいまで戻ってきました。なんて不安定。
裏話をいたしますと、レークスロワ自体に冬が来ることはあまりありません。年中冬の国はありますけれど、四季折々なのは、それこそ、桜花國くらい。なので、全土で雪が降るのは異常事態だったりします。
だからこその、分岐点。この「冬」の話も、どこかで描ければ良いのですのが…
それでは、この辺りに致しましょう。
また、どこかで。
エルルカ
【お題:とりとめのない話】
とりとめのない話をしようか。
そう、末の弟に話しかけると、蹲っていた彼は微かに顔を上げ、その光の灯らない瞳を向けてくる。
一応聞く意思はある。ただ、言葉を返す気はない。その心を閉ざしたまま、否、閉ざさなねばいけないままだ。
それは、私自信重々理解している。今の私では、両親の意向に逆らうことはできない、ただこうやって、話しかけてやることしかできないのだ。
「今日は、とても良い天気だったよ。あぁそうだ、桜花にも春が来たんだ、桜が咲いたものだから街が活気づいている」
なるべく季節の話題を出すことで、時間を知らせる。弟は生まれてからもう何年も、巡る季節を見てきていない。
想像できるように、事細かに言葉にしてみてはいるが、さて、どこまで理解出来ているだろうか。
「……すずにぃは、なんで私なんかに構うのですか」
「え?」
「利益などありませんでしょう? 私は忌み子なんですから」
ぷいっと、壁際へと彼の目線が動く。そこには、積み上がった本の山。
この弟は怖いくらいに頭が良い。両親に黙って、文字を教え、彼に様々な本を与えてみたが、その全てを読破し、言葉の意味を理解した上で、こうして聞いてきている。
忌み子。それは、我が如月家のみに出てくる者。
如月家は現在、桜花國、筆頭華族と呼ばれているが、かつては、中頭華族であった。元々筆頭であった、黒影家が、当主、嫡男共に不在となり、没落したため、筆頭となった歴史がある。
中頭の中で、どの家が筆頭となるかで揉めた末、黒影家最後の当主、柊の妻を出した四宮家と、忌み子と呼ばれる、力のある子供を排出する我が如月家のどちらかとなった。
その中で産まれたのが末の弟、華扇である。華扇の右肩から手首までは、黒文様で覆われており、その文様は魔力を吸収すると言われている。
言われているというのは、忌み子が産まれたのが約千年ぶりであり、資料がないためだ。
両親はそんな華扇を怖がりながらも利用することにした。忌み子がいる、この家が筆頭に相応しいのだと。
結果的に筆頭とはなったが、華扇は地下室に閉じ込められている。一度決まってしまえば覆せないのだからと、表に出されていないのだ。
「……利益かぁ、まぁあれだ、私がこの家を継いだら、華扇が味方になるように、かな?」
「……うそつき」
「ははっ、嘘も方便だ。それに嘘はついちゃいないさ、お前が敵に回ったら、兄ちゃん悲しいからな」
私が継ぐならば、この弟には幸せになってもらいたい。この、桜花という狭い国ではなく、レークスロワという、広大な大地の元で。
それまで私は、この地下室でとりとめのない話をする。
いつか来る、弟の大切な日々のために。
ーあとがきー
今回のお題はとりとめのない話。
というわけで、桜花國の話です。
華族の階級は、筆頭、中頭、下頭と別れており、筆頭一家、中頭三家、下頭八家の全十二家で構成されております。
黒影家がいた頃は、中頭四家の十三家で構成されておりました。
此度の語り部の名は、鈴華。だから、すずにぃです。如月家嫡男となります。
黒影家が花の名前であるように、如月家は、名前に華が付く決まりがあります。そういう歴史です。
今までの短編とは、時代が大分異なりまして、十数年後という時間軸です。
華扇&鈴華も様々なエピソードを持ったキャラクターなので、これから語れたらなぁと思います。
それでは、またどこかで。
エルルカ
【お題:愛を注いで】
少し昔話をしよう。
これはまだ、歯車が壊れる前のお話……否、彼女が生まれた時点で、歯車は歪んでいたのかもしれない。
大陸レークスロワは、その殆どが西洋文化の国である。その中で、唯一の漢文化の国が、桜花國。
それなりに広い国で、東側を人間が、西側を獣人が治めている。
中でも、東側に生まれたある一人の女性は、それはそれは有名であった。
東側には、華族(かぞく)と呼ばれる、所謂貴族がおり、四宮家に生まれた、桔梗と名付けられた彼女は、誰からも愛される美貌と、清らかな心を持っていた。
何人もの男達が彼女に求婚する中、何年もかけて彼女の心を射止めたのは、華族のまとめ役、黒影家の嫡子、柊であった。
結婚一年が経つ頃には二人はとても仲の良い夫婦として、國中に認知された。
ただ、桔梗は体が弱かった。それは生まれつきのものであり、当時の医療では、どうしようもないものであった。
それでも、柊は桔梗に愛を注ぎ続けた。それは、異常ともいえる執着であった。
そうして、その執着は段々と、必然的に狂気を孕んだ。
柊が望んだのはただ一つ。愛する妻と長く生きること。そのためには、どんな犠牲だって払ってしまえる程である。
そう、どんな犠牲でもあっても……だ。
雨が降る音がする。窓から空を眺めると、どんよりとした憂鬱なもので。
背後でカチャカチャと、金属が触れる音がして、なんとか溜息を飲み込んだ。
「なぁ」
「ん」
「……貴様は、そのままでいいのか」
相手の顔を見ずにそう告げれば、ふんっと鼻で笑うような返事だけが返ってくる。
不穏な空気を読み取ったのか、はたまた何も考えていないのか、相手が連れている少女……ざらめは純粋さを滲ませた瞳を瞬かさせる。
「おじさま? 憖? なんの話しなのです?」
「ざらめは気にしなくていい、俺がざらめの食料供給をやめるわけがないからな」
まるで、父親が娘に愛を注ぐように、その声色は酷く甘く優しい。
それが、幻想であり逃げなんだと、本人が一番よく理解しているだろうに、そうでもしないと精神が保てないのだろう。
桔梗を失った、柊のように。
「どこまでも似たんだな、貴様は」
「何か言ったか?」
「いいや、それより程々にしておけよ、特殊警察から怒られても知らんからな」
人の魂を糧として生きるダークエルフ。彼女に食料を提供するためだけに殺戮を繰り返す、妻子を殺された殺人鬼。
妻を長生きさせるために、人間も人外も殺して、その細部の細胞を研究し、異端児という忌々しいモノを生み出した柊。
黒影家という歪みと、愛を注ぐことという狂気が凝縮された親子である。
一度壊れた歯車はもう、元には戻らない。
ーあとがきー
今回のお題は愛を注いで。
そのままでは、使いにくかったので、愛を注ぐだけ使わせて頂きました。
というわけで、柘榴さんのご両親、黒影柊と桔梗のお話。
レークスロワ、恋愛面での狂気は様々あるので、何処をピックアップしようかな♪とワクワクしました。というわけで、黒影家をピックアップです!
時間軸としては、今までの逆さや何もないフリ、心と心から三年後くらいを想定。憖と柘榴が仲良く話すのは、その辺。私は二人の寡黙なんだか、お喋りなんだか、判断しにくい会話が好きです。
そして、ざらめちゃんが何者なのか、サラッと記載させて頂きました、彼女は人の魂を食べるダークエルフです。だから、柘榴さんは殺戮のをやめません。
異端児も少しだけ出しました、柊は一体何をして、異端児を生み出しのでしょうか……。
それでは、今回はここまで。
また、どこかで。
エルルカ
⚠ 血の描写があります。苦手な方はフィールドバックをおすすめ致します
【お題:心と心】
心というものは、いつか変わるものだとは言うし、どんなに、悲惨なモノもいつか見慣れるものだとは言うけれど。
髪や服から滴る雫、手に持つのは血に染った黒光りする鎌。
雨も上がり、雲一つない空は、この状況を皮肉っているようで。
踏み出せば、肉と血が混ざった独特の感触。自分でも、この場にある死体が何人で、そして誰なのか。知る由がない。
手に持っていた鎌を、背後に背い、その場を歩く。
また、特殊警察に通報されることだろう。雨ざらしの死神が出た……と。
神出鬼没、雨の日にしか出ない殺人鬼。レークスロワという、この大陸中で話題になる話の一つ。
魔法も能力も、力のある異種族だって叶わない、犯人不明の事件。
「憖? どうしたのさ、何時になく雰囲気が暗いね?」
「誰のせいだと……」
背後からの声に、呆れと怒気混じりの返事をすれば、人型であれば、肩を竦めたのだろうなとわかる声色で、さぁ? と返ってくる。
このやり取りももう何度目か、この声の主、鎌……自分は黒羽(こくう)と呼ぶことにしているが、こいつとの付き合いも長い。
長いが、その心はわからない。
精霊も、妖も、天使や悪魔も、異種族や人外と呼ばれ者達は、心と心を通わし、理解し合えるという。長く付き合えば、自ずとわかるものだと。
黒羽とも数十年の付き合いのはずだが、全く意思疎通ができていない。会話が噛み合わないのだ。考え方の違いとも言うかもしれない。
「いい加減、殺戮にも飽きたんじゃないか? というより、なぜ俺の体を使う?」
「何度も言ってるけど、憖を守るためだよ? それから、僕は憖で憖は僕なんだから、体を使うのは当たり前でしょ」
うん、わからん。元から理解できるとも思っていないが。
雨の日にのみ、自分の体を乗っ取れる鎌。そして、通りがかりの人間を殺していく。
雨ざらしの死神が何時までも犯人不明であるのは、見た者は全員死んでいるからだ。
そして、自分が黒羽を消す方法を探す限り、移動し続けるためである。
心はいつか変わるというけれど、きっと、黒羽も自分も変わらないのだろうなと、晴れた空を見てため息をついた。
ーあとがきー
今回のお題は心と心。
はぁん?そんな繊細な心の持ち主いませんがぁ!と、ありがとう、ごめんねの時と同じように叫びました。誰を語り部にすれってんだ!と。
結果、心と心って言ったら、通わせるとか人と人外の話だなぁとなり、語り部が憖さんに決定。
前回の、何もないフリで、Sugar Blood、柘榴さんを語ったので、そろそろ雨ざらしの死神ご本人も語りましょうか!ってノリです。
憖さんは、仲間の語り部、サラさんのご先輩。ペアを組んでいた方ですね。
今までの短編、語り部同士が話す場面とかないので、そろそろ語り部同士の関係とかも出したいなぁと思いつつ、書く時代を変えるのもなぁと思いつつ。結局お題次第ですが。
では、本日はこの辺りで。
それでは、またどこかで。
エルルカ
【お題:何でもないフリ】
夢を見た。
それは、妙にリアルで、けれど絶対に夢だ。
「柘榴? どうしたの、ぼーっとして」
優しく甘い声。見覚えのある懐かしい一室。もう失いはずの全て。
背後を振り返ると、対面式キッチンに立つ、一人の女性の姿。
艶やかな黒髪をポニーテールに縛り、知的な色を宿す漆黒の瞳は、疑問を隠さずきょとんとしている。
「姫菊、今日の夕飯はなんだろうか?」
「ふふっ、ぼーっとしていると思ったら、夕飯のことを考えていたの? そうね、今日は撫子が好きな餃子と……」
なんともない会話。日常の一ページ。
ずっと続くと思っていた、安寧と小さな幸福。
けれど、日常はいつだっていきなり壊れてしまうものだ。
あの日は、いつも通り会社に出勤していた。いつものように、いってきますと言って出ていった。
全てに気付いたのは、遅すぎた。
仕事が終わり、家路に着く。なんとなく、騒がしいなと思ういつもの道。段々と、焦げ臭くなる臭いに、嫌な予感がして、早足で家に向かう。
あの赤を、自分は一生忘れないだろう。消防車の音と、野次馬の声と、燃える家。
火事だった。それも、家を燃やし尽くす程の大火事。家の中に居た、妻と子は助からなかった。
火の回りが早すぎるのと、あまりにも火の勢いが強かったことから、警察は事件の可能性を含めて捜査を進めていたが、途中で打ち切りになった。
理由を問いただしたところで、意味などなかった。何かしらの圧力がかかったのだろうと推測するしかなかった。
だから、今目の前にいる彼女は夢なのだ。もう居ない人間が、目の前に現れることなどないと。祈っても、望んでも、会うことは叶わないのだと。
自分は嫌という程知っている。体験したし、実際壊れていく人間を見てきたのだから。
「……姫菊、認めたくはないが、俺は父に似たんだな」
愛した人を忘れられず、諦められず、狂気に染まるその様は、なりなくないと思っていた、嫌っていた父そのもので。
夢の中の君は、曖昧に微笑むだけだ。
「柘榴、貴方は……」
「おじさま!」
ふと、夢の中に誰ともない声がした。現実に引き戻す、ハツラツとした明るい声だ。
ゆっくりと瞼を開けると、ピンク色の髪が目に入った。
「……おはよう、ざらめ」
「おはようじゃないのです、随分魘されていたのです」
「そうか……」
体を起こす。心配そうな顔をするざらめの頭を撫でながら、大丈夫だと一言。
心臓を鷲掴みにされたような、ぎゅっとした痛みは、何でもないフリをした。
「今日、食事は?」
「今日は必要ないのです!」
「了解。なら、ざらめのストックが無くなりそうだ、調達しに行くか」
「はいなのです!」
自分がやっていることを正義だとは言わない。むしろ、悪人側だろう。
それでも、もう後には引けない。ざらめとの盟約も、自分の目的も、達成するまで……否、達成しても尚。
Sugar Bloodは、自分が消えるその時まで、続いていくのだろう。
ーあとがきー
今回のお題は何でもないフリ。
雨ざらしの死神かSugar Bloodかで悩み、後者を選択しました。
手を繋いでと同じ語り部、柘榴さんの妻子の話。
彼の狂気の始まりと申しましょうか、人を殺して笑顔でいられるタイプの男が爆誕した理由という感じです。
ユークドシティは、魔法が発達した街ではありますが、現代日本がモチーフなので、警察も消防もあります。まぁ、精度はまだあまりです、だからこそ、姫菊さんや撫子ちゃんは助かってない、なんなら処理の仕方すらおかしいことになってます。
余談ですが、黒影家の皆様は名前が花の名前になっています。柘榴さんの両親もです。こちらは別で語る機会があればなぁと思います。また別種の狂気の話となりますが。
ざらめちゃんの存在についても語れてないので、こちらもいつか出したいところですね、むむむ語りたい事が多すぎる、まだ雨ざらしの死神もあるのに……。
さて、また長くなりそうなので、今回はこの辺で。
それでは、またどこかで
エルルカ