【お題:何でもないフリ】
夢を見た。
それは、妙にリアルで、けれど絶対に夢だ。
「柘榴? どうしたの、ぼーっとして」
優しく甘い声。見覚えのある懐かしい一室。もう失いはずの全て。
背後を振り返ると、対面式キッチンに立つ、一人の女性の姿。
艶やかな黒髪をポニーテールに縛り、知的な色を宿す漆黒の瞳は、疑問を隠さずきょとんとしている。
「姫菊、今日の夕飯はなんだろうか?」
「ふふっ、ぼーっとしていると思ったら、夕飯のことを考えていたの? そうね、今日は撫子が好きな餃子と……」
なんともない会話。日常の一ページ。
ずっと続くと思っていた、安寧と小さな幸福。
けれど、日常はいつだっていきなり壊れてしまうものだ。
あの日は、いつも通り会社に出勤していた。いつものように、いってきますと言って出ていった。
全てに気付いたのは、遅すぎた。
仕事が終わり、家路に着く。なんとなく、騒がしいなと思ういつもの道。段々と、焦げ臭くなる臭いに、嫌な予感がして、早足で家に向かう。
あの赤を、自分は一生忘れないだろう。消防車の音と、野次馬の声と、燃える家。
火事だった。それも、家を燃やし尽くす程の大火事。家の中に居た、妻と子は助からなかった。
火の回りが早すぎるのと、あまりにも火の勢いが強かったことから、警察は事件の可能性を含めて捜査を進めていたが、途中で打ち切りになった。
理由を問いただしたところで、意味などなかった。何かしらの圧力がかかったのだろうと推測するしかなかった。
だから、今目の前にいる彼女は夢なのだ。もう居ない人間が、目の前に現れることなどないと。祈っても、望んでも、会うことは叶わないのだと。
自分は嫌という程知っている。体験したし、実際壊れていく人間を見てきたのだから。
「……姫菊、認めたくはないが、俺は父に似たんだな」
愛した人を忘れられず、諦められず、狂気に染まるその様は、なりなくないと思っていた、嫌っていた父そのもので。
夢の中の君は、曖昧に微笑むだけだ。
「柘榴、貴方は……」
「おじさま!」
ふと、夢の中に誰ともない声がした。現実に引き戻す、ハツラツとした明るい声だ。
ゆっくりと瞼を開けると、ピンク色の髪が目に入った。
「……おはよう、ざらめ」
「おはようじゃないのです、随分魘されていたのです」
「そうか……」
体を起こす。心配そうな顔をするざらめの頭を撫でながら、大丈夫だと一言。
心臓を鷲掴みにされたような、ぎゅっとした痛みは、何でもないフリをした。
「今日、食事は?」
「今日は必要ないのです!」
「了解。なら、ざらめのストックが無くなりそうだ、調達しに行くか」
「はいなのです!」
自分がやっていることを正義だとは言わない。むしろ、悪人側だろう。
それでも、もう後には引けない。ざらめとの盟約も、自分の目的も、達成するまで……否、達成しても尚。
Sugar Bloodは、自分が消えるその時まで、続いていくのだろう。
ーあとがきー
今回のお題は何でもないフリ。
雨ざらしの死神かSugar Bloodかで悩み、後者を選択しました。
手を繋いでと同じ語り部、柘榴さんの妻子の話。
彼の狂気の始まりと申しましょうか、人を殺して笑顔でいられるタイプの男が爆誕した理由という感じです。
ユークドシティは、魔法が発達した街ではありますが、現代日本がモチーフなので、警察も消防もあります。まぁ、精度はまだあまりです、だからこそ、姫菊さんや撫子ちゃんは助かってない、なんなら処理の仕方すらおかしいことになってます。
余談ですが、黒影家の皆様は名前が花の名前になっています。柘榴さんの両親もです。こちらは別で語る機会があればなぁと思います。また別種の狂気の話となりますが。
ざらめちゃんの存在についても語れてないので、こちらもいつか出したいところですね、むむむ語りたい事が多すぎる、まだ雨ざらしの死神もあるのに……。
さて、また長くなりそうなので、今回はこの辺で。
それでは、またどこかで
エルルカ
12/12/2024, 4:04:59 AM