お題《時を告げる》
時の歯車が狂いだす。
なんて滑稽な物語だろう。
「――騙したの」
蒼白の表情で、やっとの思いで紡ぎだした少女。
目の前にいる青年はにこにこしているのに、氷のように冷たい。
「人聞き悪いなあ。オレはちゃんと、君の望む恋人だったでしょ」
“やさしくて、あたたかい。一緒にいると、すぐ笑顔になれる人がすき”
ちがうちがうちがう――……私が!
私が本当に望んだのは!!
「ソルトは、こんなこと望む人じゃないっ」
「――君の知ってる“ソルト”は、でしょ。君は一体“ソルト”の何を知ってるの?(時は告げた)」
「ソル……?」
「夢は終わりだよ。――もうすぐ夜明けだ(さよならオレが、ほんとうに愛した人)」
時は告げる。――終わりの始まりを。
お題《貝殻》
月の海。
月の女神と笛吹きの少年が文を結ぶとき、海は淡い金色に輝く。
砂浜に落ちているのは月真珠の貝殻。
耳にあてると、月の女神の歌が流れてくるらしい。
月の女神。天では星座のみんなとお茶会を楽しんでいる。季節ごとに、その時々のお茶とお菓子を用意する。地では、旅人や自然の精霊たちと文を交わす。想い人と文を結ぶときのみ海が輝く現象がなぜか起きる。
笛吹きの少年
夜の海で笛を奏でるのが好き。笛の音色に惹かれた月の女神が文をよこしたところ、そこから交流が始まり相思相愛になった。ときおり月の女神が、天から降りてくるのだとか。
もし偶然見かけたら、あなたに幸運が訪れるかも?
お題《きらめき》
「刹那も永遠も儚いものだが。――そうだな……それでも願わずにいられないから、困るな」
それは胸の奥にゆらめくきらめき。
――言葉の中に、雨が降ってるみたい。
表情からは何も感じられないのに、言葉の中には雨がたくさん降っている。
雨の言の葉が、胸を濡らして苦しい。
「だいじょうぶだよ。私、強いから。あなたを絶対ひとりになんてさせないから」
これは誓いだ。
紫水晶の瞳が大きく見開かれる。驚きと戸惑いと――様々な感情を孕んだ瞳の奥、炎がゆれた。
お題《些細なことでも》
お気に入りの海色のノートが無惨に引き裂かれている。
――こんなことされるのは慣れてる。
だって“日常”だから。でも――これはおばあちゃんと買い物に行って、お礼にってくれたものだ。花柄の刺繍が丁寧に織り込まれたハンカチ、パッチワークのポーチ、ブックカバー。
おばあちゃんの趣味はハンドメイド。ぜんぶ、心を織り込んで大切に作ってくれたもの。
周囲の誰かに相談?
誰が、助けてくれるの?
私がいくら訴えても、何もしてくれなかったのに。挙句の果てに、私を見るとバツの悪そうな顔をする大人たち。
もう、誰にも期待しない。
ノートを抱きしめて、教室を飛び出す。耳の奥にクラスメイトの嘲笑だけが、いつまでも残響して消えない。
よく前を見ず闇雲に走っていたせいか、誰かとぶつかってしまった。
「おっと、お嬢さん大丈夫ですかい――って。泣いてるのに、大丈夫なわけねぇな」
私は、はじめて泣いている事に気がついた。無我夢中で、全然気づかなかった。一言謝ろうとすると、その人はそれを制止する。
「よかったらオレに話してくださいよ」
「でも……!」
「大したことないは無しで。あんたが泣いてるのに、そんなわけねぇでしょうが」
見た目は軽そうなのに、その人はどこまでも穏やかな口調だった。
――おばあちゃんみたいな、心の人だ。
お題《心の灯火》
俺の心に月をくれたのは、お前だ。
俺にとっての道標は、今も昔も月(おまえ)だよ。
わたしが?
目線を合わせ、やさしい声音で語りかける夜を纏う青年。
わたしが……。
青年の深い青の瞳が少女を慈しむように見つめる。青年は神代(かみしろ)と呼ばれる、《神の代行者》。
神に代わって、神の意思として――。
「君はもっと泣いていいし、俺を頼っていい」
「……でも。私は狭間の……」
「そんなの関係ない。君であるなら、俺は何者でもかまわない」
これ以上何を望むだろう。
私はこのとき誓った。――あなたをもう、悲しませたりしないって。