お題《開けないLINE》
《時薬》などという言葉があるけれど。
いつまでたっても私はLINEを開けることができない。
「あやかのすすめてくれた本面白かった! またすすめてよ」
あの木漏れ日さす声が忘れられない。
電話で明け方までよく話したよね。
――あなたは私に、やさしすぎた。
誕生日おめでとうのスタンプと、プレゼント楽しみにしててというメッセージ。
――仕事の休み時間。明日は彼の好きなお酒とおつまみ買って。
でももう、LINEは開かない。
今宵も私を照らす月。
あっけなく彼は旅立ってしまった。
――もう、車は見たくない。
お酒も見たくない。
――世の中狂ってるのよ。
私は今日もひとりきり、静かに涙を流す。
お題《不完全な僕》
欠けたものと欠けたものを繋ぎ合わせて、本物になればいい
不完全な僕はもういらない
不完全な僕を燃やして
燃え尽きた僕を嘲笑う
凍てついた月が冷たい眼差しで見下ろす
お題《言葉はいらない、ただ…》
青い月の夜には不思議なことが起きる。
夜風が心地いい。
少女は大きなあくびをし、それから本を閉じる。とある先輩にあたる青年から「読んでおけ。明日、本当に覚えてるか確認する」の一言だけを言い残して、どこかへ消えてしまったが。
「今日暑いな―。せっかくだからあそこへ行っちゃおう」
部屋を抜け出し、夜の森へ繰り出す。ランプなどなくても、瞳に魔法をかけているから問題はない。
森の奥深くへたどり着く――その前に羽織っていた外套をすでに脱ぎ捨てて、泉で水浴びしようと飛び出したのはいい、しかしそこにいたのは例の青年だった。
「――お前」
青年は肌を露出した、薄手の衣一枚の少女を見、ため息をつく。
「なんでため息!?」
「いや、男として見られてないんだなって思って」
黒銀の髪が月灯りで輝くその様は、幻想的で綺麗だ。まだ濡れている髪からしたたる雫に、心が大きく音をたてる。
いつもと変わらない口調。それにむっとして、思わず言い返す。
「ヨルなんてぜーんぜん、男に見えないよ!」
「……」
その瞳が燃えていように、見えたのは気のせい――?
でもそれは気のせいじゃなかった。青い泉に引きずり込まれ、二人一緒にずぶ濡れになってしまう。少女が何かを言おうとするより先に、そのまま唇をふさがれてしまった。
青年から香る月華晶の花に酔ってしまいそうになる。ふわふわして、心地よい浮遊に。
青い月の夜の出来事だった。
お題《突然の君の訪問。》
再生をくりかえす、君。
その度俺は君に挨拶をする。
「はじめまして。私はクオリア――あなたの、騎士です」
君に公式の場で、そう挨拶をする。
――もし君が。
「犠牲になりたくない」と言ってくれたのなら、また違った未来があっただろうか。
でもそれは――“君”を否定すること。
だから、君の想いを俺は。
俺だけは、絶対否定したりしない。
夜の帳がおり、星屑が夜空を飾る。文机で書き物をしていたら控えめに扉を叩く音がした。不思議に思いながらも開けてみる。
そこに立っていたのは、紛れもなく君だった。淡い白雪色の長い髪に、寝間着のワンピース。胸には月色の魚のぬいぐるみを抱いている。
「――どうかなされましたか」
「あの、ね。クーアと一緒にねたい」
「……今、なんて?」
思わず素に戻ってしまった瞬間である。――まあ公式の場じゃないからいいか。そう自分に言い聞かせる。こんな発言、“君”からされたら……。
そんな想いなど露知らず、君はもう一度強く、言った。
「クーアとねるの!!」
「――本当に、困る」
君の訪問は俺をかきみだす。
お題《雨に佇む》
雨隠し。
雨に埋もれた町。
雨に包まれた町。
視界が游ぐ。だって、目覚めたら雨の中に佇んでいたのだから。
煌々と落ちてくる雨粒は美しく宝石のよう。空を游ぐ魚たちは、一体どこから来たのだろうか。好奇心で溢れ出してしまいそうな心を押し込めて歩いていると、すうっと誰かが近づいてきて、顔を覗き込まれる。
「――ねぇお兄さん、もしかしてニホンから来たの?」
――足が魚のヒレ……? この子、もしかしなくても人魚姫――。
少女はオレの視線に気づき、楽しそうに言った。
「正真正銘、私はこの雨の町に住む人魚、ゆめかだよ! あのね今日はじめて外に出てきたの――神楽がやっと許してくれたんだ」
「……神楽?」
神楽、と聞いた瞬間――水の音がよみがえる。
深海にさしこむ月灯り。
揺れる。
揺れる。
この記憶は、一体誰の、もの――――?