椿灯夏《少しずつ削除します》

Open App
9/1/2022, 11:36:56 AM

お題《開けないLINE》


《時薬》などという言葉があるけれど。


いつまでたっても私はLINEを開けることができない。



「あやかのすすめてくれた本面白かった! またすすめてよ」



あの木漏れ日さす声が忘れられない。


電話で明け方までよく話したよね。
――あなたは私に、やさしすぎた。



誕生日おめでとうのスタンプと、プレゼント楽しみにしててというメッセージ。
――仕事の休み時間。明日は彼の好きなお酒とおつまみ買って。




でももう、LINEは開かない。



今宵も私を照らす月。



あっけなく彼は旅立ってしまった。
――もう、車は見たくない。

お酒も見たくない。






――世の中狂ってるのよ。





私は今日もひとりきり、静かに涙を流す。




8/31/2022, 11:29:40 AM

お題《不完全な僕》


欠けたものと欠けたものを繋ぎ合わせて、本物になればいい



不完全な僕はもういらない


不完全な僕を燃やして




燃え尽きた僕を嘲笑う





凍てついた月が冷たい眼差しで見下ろす





8/29/2022, 11:46:01 AM

お題《言葉はいらない、ただ…》



青い月の夜には不思議なことが起きる。



夜風が心地いい。


少女は大きなあくびをし、それから本を閉じる。とある先輩にあたる青年から「読んでおけ。明日、本当に覚えてるか確認する」の一言だけを言い残して、どこかへ消えてしまったが。



「今日暑いな―。せっかくだからあそこへ行っちゃおう」



部屋を抜け出し、夜の森へ繰り出す。ランプなどなくても、瞳に魔法をかけているから問題はない。


森の奥深くへたどり着く――その前に羽織っていた外套をすでに脱ぎ捨てて、泉で水浴びしようと飛び出したのはいい、しかしそこにいたのは例の青年だった。



「――お前」


青年は肌を露出した、薄手の衣一枚の少女を見、ため息をつく。



「なんでため息!?」

「いや、男として見られてないんだなって思って」


黒銀の髪が月灯りで輝くその様は、幻想的で綺麗だ。まだ濡れている髪からしたたる雫に、心が大きく音をたてる。


いつもと変わらない口調。それにむっとして、思わず言い返す。


「ヨルなんてぜーんぜん、男に見えないよ!」


「……」



その瞳が燃えていように、見えたのは気のせい――?



でもそれは気のせいじゃなかった。青い泉に引きずり込まれ、二人一緒にずぶ濡れになってしまう。少女が何かを言おうとするより先に、そのまま唇をふさがれてしまった。




青年から香る月華晶の花に酔ってしまいそうになる。ふわふわして、心地よい浮遊に。





青い月の夜の出来事だった。




8/28/2022, 11:48:44 AM

お題《突然の君の訪問。》



再生をくりかえす、君。


その度俺は君に挨拶をする。




「はじめまして。私はクオリア――あなたの、騎士です」



君に公式の場で、そう挨拶をする。



――もし君が。



「犠牲になりたくない」と言ってくれたのなら、また違った未来があっただろうか。


でもそれは――“君”を否定すること。



だから、君の想いを俺は。


俺だけは、絶対否定したりしない。





夜の帳がおり、星屑が夜空を飾る。文机で書き物をしていたら控えめに扉を叩く音がした。不思議に思いながらも開けてみる。


そこに立っていたのは、紛れもなく君だった。淡い白雪色の長い髪に、寝間着のワンピース。胸には月色の魚のぬいぐるみを抱いている。



「――どうかなされましたか」


「あの、ね。クーアと一緒にねたい」


「……今、なんて?」


思わず素に戻ってしまった瞬間である。――まあ公式の場じゃないからいいか。そう自分に言い聞かせる。こんな発言、“君”からされたら……。



そんな想いなど露知らず、君はもう一度強く、言った。



「クーアとねるの!!」


「――本当に、困る」





君の訪問は俺をかきみだす。



8/27/2022, 11:24:47 AM

お題《雨に佇む》


雨隠し。



雨に埋もれた町。


雨に包まれた町。



視界が游ぐ。だって、目覚めたら雨の中に佇んでいたのだから。


煌々と落ちてくる雨粒は美しく宝石のよう。空を游ぐ魚たちは、一体どこから来たのだろうか。好奇心で溢れ出してしまいそうな心を押し込めて歩いていると、すうっと誰かが近づいてきて、顔を覗き込まれる。




「――ねぇお兄さん、もしかしてニホンから来たの?」




――足が魚のヒレ……? この子、もしかしなくても人魚姫――。



少女はオレの視線に気づき、楽しそうに言った。


「正真正銘、私はこの雨の町に住む人魚、ゆめかだよ! あのね今日はじめて外に出てきたの――神楽がやっと許してくれたんだ」


「……神楽?」



神楽、と聞いた瞬間――水の音がよみがえる。



深海にさしこむ月灯り。



揺れる。


揺れる。





この記憶は、一体誰の、もの――――?




Next