椿灯夏

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8/16/2022, 11:13:39 AM

お題《誇らしさ》



雪華(せっか)強くおなりなさい。守る者は誰より強くあらねばなりません、誰より美しく、綺麗な生き方をなさい。


――天に立つ者ならば。





食うに困らずの生活とはどんなものだろう。


空腹とは空白。



――生きるために。



なんでもいいからと、まだ熟してない青い実や草を口に入れ、ときには人様の畑から盗む。――どんなに不味くても食べるし、身体に良くないものでも食べる。




生きることに、意味はない。


ただ本能的に、死にたくはない。




そんな私を変えてくれたのは、今の姉様。



身寄りのない私を拾い、《雪華》という名前をくれた。



雪の降る日に出会ったから、と。




銀色の長い髪を結われた姉様が微笑む。季節の花々に囲まれた姉様は、世界にひとつだけの華。



「雪華の好きな紅茶を取り寄せてたのが今日届いたから、一緒に飲みましょう。それから紅茶によく合うお菓子も焼いたの」


「はい」





私は今日も姉様の言葉を胸に生きている。




8/15/2022, 11:12:29 AM

お題《夜の海》


夜が還るまで。


幻想と現実の狭間を彷徨う。




夜は言葉を走らせる。


淡い水彩の海のノートに、想うままに言葉を描き殴る。


最近入ったアンティーク雑貨専門のお店で、すてきな万年筆を見つけた。希少な木からつくった一点ものと言われたら買うしかない。それから深蒼という、珍しい深さの蒼とかいうインクを買った。


子供の頃なりたかった夢のカケラを夜になると、想い出す。


絵本作家の夢は、夜の海から始まって。


悲しい時姉さんが夜の海へ、ドライブに誘ってくれたのだ。


「夜の海には、月光くじらが希(まれ)にやってくるの。そのくじらはね、月灯りが食事なのよ。気分がいい日は星屑を吹きだすの」




姉さんは画家で、夢のある絵を描くのだ。

姉さんの部屋には木漏れ陽がさし、木漏れ陽の海にキャンパスがあるようだった。カラフルなお菓子の入った瓶に、たくさんの画材と本。



ずっと、魔法使いだと信じてたんだよね。






今でも夜の海を想い出すと、描くのは姉さんのいる美しい世界。




8/14/2022, 11:50:04 AM

お題《自転車に乗って》




カナリヤ号は私の愛車だ。




今日も天気は快晴で、登下校中に寄り道をしている。古きよき時代の象徴でもある純喫茶ドリームに。店内は落ち着いた雰囲気で、マスター激選のレコードがかかっている。奏でる音は、どこか懐かしい――。



そして何を思ったのか、マスターが唐突に言った。


「いつもドリームを愛してくれるあなたに、プレゼントよ♡」


「はあ」


店内に客はひとり。つまり、私だけ……。

いらないと断るのも躊躇われる、さてどうしたものか。困惑した私を置いてけぼりに、マスターは――どこか懐古的で、さみしそうなカフェオレ色のかわいい自転車を引いて現れる。



「これはね、ワタシの宝物よ。青春と修羅場をともにしてきた戦友よ。――新品ではないけど、受け取ってくれるかしら?」



それは一目惚れだった。強く惹かれ、私は即決した。





そしてこの純喫茶ドリームへ来るのに、朝早くからこのカナリヤ号に乗って、金木犀の街路樹を駆け抜けてくるのだ。




ちなみにカナリヤ号って名前は、マスターの愛読書に出てきたイケメンの自転車が《カナリヤ号》って言うらしい。



まあいいかと思いながら、今日も私は金木犀の見える窓辺で、マスターの淹れてくれた秋風薫る珈琲を味わうのだった。

8/12/2022, 10:58:56 AM

お題《君の奏でる音楽》



雨の中手を天に向け、歌う少女。


彼女は女神か天使か。




月並みな表現しかできないが、頭の中に壮大な風景が想い浮かぶ。手を伸ばせば、風に游ぐ花にさえ触れられそうだ。


雨さえも祝福しているかのようで。



「……これは夢なのかな。俺は、もう何かから逃げなくてもいいのか、な……」



戦場にあるのは、それぞれの儚く強き覚悟と。失い奪われ散りゆく風花(いのち)だけ。



せめて。


せめて夢の中だけでは…………。





青年の瞳から零れ落ちる雫が、血溜まりに消えていった。



そして、少女の歌は止んだ。



8/11/2022, 12:53:19 PM

お題《麦わら帽子》



坂道の上から彼女の明るい声が降ってくる。


木漏れ陽が揺れる。



「――――」



大きな麦わら帽子の青いリボンが風にはためく。


彼女は、僕に向かって麦わら帽子を投げた。――それは彼女の宝もの。





「えいちゃん、ありがとうね。大事にするから」




はじめて告白した日、大輪の花火が夜空を彩って。



はじめてのデートは水族館。虹色の魚をふたりで、いつまでも見ていた――。



帰り道頭上には夏の星座がきらめいて、彼女とはじめてのキスをした。






僕の頬が濡れているのは。



僕の手元に、麦わら帽子があるのは。






消えないこの胸の夏を追いかけて。




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