お題《自転車に乗って》
カナリヤ号は私の愛車だ。
今日も天気は快晴で、登下校中に寄り道をしている。古きよき時代の象徴でもある純喫茶ドリームに。店内は落ち着いた雰囲気で、マスター激選のレコードがかかっている。奏でる音は、どこか懐かしい――。
そして何を思ったのか、マスターが唐突に言った。
「いつもドリームを愛してくれるあなたに、プレゼントよ♡」
「はあ」
店内に客はひとり。つまり、私だけ……。
いらないと断るのも躊躇われる、さてどうしたものか。困惑した私を置いてけぼりに、マスターは――どこか懐古的で、さみしそうなカフェオレ色のかわいい自転車を引いて現れる。
「これはね、ワタシの宝物よ。青春と修羅場をともにしてきた戦友よ。――新品ではないけど、受け取ってくれるかしら?」
それは一目惚れだった。強く惹かれ、私は即決した。
そしてこの純喫茶ドリームへ来るのに、朝早くからこのカナリヤ号に乗って、金木犀の街路樹を駆け抜けてくるのだ。
ちなみにカナリヤ号って名前は、マスターの愛読書に出てきたイケメンの自転車が《カナリヤ号》って言うらしい。
まあいいかと思いながら、今日も私は金木犀の見える窓辺で、マスターの淹れてくれた秋風薫る珈琲を味わうのだった。
お題《君の奏でる音楽》
雨の中手を天に向け、歌う少女。
彼女は女神か天使か。
月並みな表現しかできないが、頭の中に壮大な風景が想い浮かぶ。手を伸ばせば、風に游ぐ花にさえ触れられそうだ。
雨さえも祝福しているかのようで。
「……これは夢なのかな。俺は、もう何かから逃げなくてもいいのか、な……」
戦場にあるのは、それぞれの儚く強き覚悟と。失い奪われ散りゆく風花(いのち)だけ。
せめて。
せめて夢の中だけでは…………。
青年の瞳から零れ落ちる雫が、血溜まりに消えていった。
そして、少女の歌は止んだ。
お題《麦わら帽子》
坂道の上から彼女の明るい声が降ってくる。
木漏れ陽が揺れる。
「――――」
大きな麦わら帽子の青いリボンが風にはためく。
彼女は、僕に向かって麦わら帽子を投げた。――それは彼女の宝もの。
「えいちゃん、ありがとうね。大事にするから」
はじめて告白した日、大輪の花火が夜空を彩って。
はじめてのデートは水族館。虹色の魚をふたりで、いつまでも見ていた――。
帰り道頭上には夏の星座がきらめいて、彼女とはじめてのキスをした。
僕の頬が濡れているのは。
僕の手元に、麦わら帽子があるのは。
消えないこの胸の夏を追いかけて。
お題《終点》
どんな美しい物語も永遠ではない。
――淡い花が水面を覆う、まっさらに。
車窓からそれをなんとなく見つめる。現実で過ぎ去るのは一瞬だが、心の車窓から見る風景は、長い長い微睡みの中を揺蕩っているようだ。
三日月さんといった花見の、あの池に浮かんでいた花たちに似ている。――花なんてみんな一緒じゃん、って声が画面の向こう側から聞こえてきそうだが、人と同じ――生きているものたちにはみんな《個性》がある。
満開の淡い花の下に敷物を広げ、三日月さんがバスケットを開くとおとぎ話に出てくるような夢物語が、そこには詰まっていた。
黄昏森の林檎、それから雪豚とトマトのチーズサンドに、月灯りのカスタードパイ、グレープフルーツとハーブのサラダ。三日月レモンとオレンジのクッキー。
傍らにはポットに入った月灯りのレモネードティー。
「さあ召し上がれ。朝から早起きして、キッチンに立ってたら、妹がちょっとうるさかったけどね」
三日月さんはそう言って、笑う。
この日見た笑顔は、美しかった。
でも三年目の冬の月――彼は遠い国へ旅立った。
彼は最後まで――私に、嘘をついて。
その嘘を知った時、涙が海となる。
もう、あとには戻れない。
この物語の先に、美しい結末はない。
お題《上手くいかなくたっていい》
希望通りに物事が叶ったためしなんてないけど。
鳥籠の中から見る世界は。
鉄格子の中から見る風景は。
歪で、美しい。
――外へ出るには鍵のこどもが必要不可欠。
そんないつ現れるかわからない存在を待つくらいなら。
わたしは。
「この身を使う勝手をお赦しを。――あなたと出会って賭けてみたくなったのです」
何もしなかった。
上手くいかなければ意味なんて無いと思ってたから。
でもあなたは。
「必ず上手くいく。言の葉には万物の力が宿るんだ、ならいい風を吹き込ませよう――絶対、叶う」
鳥籠を抜け出せたら、真っ先にあなたを目指そう。
あなたはわたしの心の鍵。