お題《蝶よ花よ》
神から見捨てられた地で。
神から捨てられた地に光は宿らない。
くすんだ、枯れ果てた大地で、命は生きられない。
「俺といかないか」
薄汚れた私に手を差し伸べる青年。
かみ……さま……?
光の宿らないこの地に、月灯りがさしこむ。
立派な白い翼――それは天からの使いの証。鉱石の青を想わせる瞳が、静かにこちらを見つめている。
瓦礫に埋もれたこの場所で。
私は、その手をとった。
それから時は流れ――。
「セシル、庭のオボロの実たくさん収穫した」
「よし。じゃあ今日はノーマの好きなオボロのパイでも焼くか、手伝ってくれるか?」
「う、うん」
私は神の箱庭でセシルと暮らしている。
セシルからたくさんの愛情と優しさを注がれて育てられ、今はちいさなお茶屋さんをセシルと一緒に、辺境の地で開いている。
「いらっしゃいませ。ここはあなたの帰る場所。いつでも来てね」
月灯りの蜜とまほろの葉を浮かべたお茶で、今日もあなたを出迎えます。
お題《最初から決まっていた》
黄昏に抗い、暁に消える。
そう運命づけられた命だったとしても。
おれは。
おれだけは。
君の――理解者でいよう。
「みてみて!竜の仔拾った!」
「猫を拾ったみたいな感覚で、言われてもだな……」
「一緒に育てない? ハクはえらい立場の人間だから、なんとかなるでしょ」
「どう考えたらそうなるんだ」
相変わらず突拍子もないことを言う。
もしここで断ったとしても、絶対あきらめることのない性格である事を知っている。――あきらめが悪いんだよな、本当に。
おれと一緒にくるのは、どんなに危ないと言っても絶対ついてくってきかないし……思わず頬が緩んでしまう。
「この仔、名前なにがいいかな〜? メシアとかどうかな?」
「“救世主”か。でもまたどうして?」
「ハクの部屋で、読んだ本に出てきたんだ!」
「ああ――昔兄さんが買ってくれたはじめての……」
《――僕からすべて奪った。だから僕も、そうするよ》
愛しい彼女の声が、遠く遠く聞こえた。
お題《太陽》
太陽の楽園と月の楽園。
ふたつの楽園に古からある伝承。
――楽園が夢に沈むとき。
異世界の月から少女来たる。
神の娘と王が真実の楽園に近づきしとき、青の楽園よみがえらん。
ふたりの王との邂逅。
「伝承なんてくだらん。そんなもの興味ない」
太陽の王はそう吐き捨て。
「おまえが無事ならいい」
月の王の優しさに触れ。
「はやく花とおなり」
謎の青年?にふりまわされ。
「どこで、まちがえたのかなあ」
彷徨う異世界の少女。
これは楽園の幻想物語――。
お題《鐘の音》
月鐘の町。
ここの町の心臓は、空にある大きな月。夜になると、人々は祈りを捧げる。その祈りがたまると――月鐘が鳴る。そして、夜の使者が町へくる、とか。
まるでお伽噺のような、でも真実(ほんとう)の話。
「ねぇリアラ、夜の使者ってどんな人だと思う? やっぱり相場はイケメンよね?」
「うーん。私はイケメンじゃなくてもいいと思うけれど……」
「ええ? 夢なーい! それじゃあ一生リアラは祈って終わる人生なの!?」
カフェでそんな大きな声を出さないでほしい、しかも祈ることをそんな風に言ったら――リアラが口に出すより先に、ずんずんと大きな足音が近づいてきて、リアラたちの席で立ち止まる。
「あらあ、エリちゃん。今日はもう暇だから、これから一緒に月鐘について勉強し直しましょうねえ」
カフェの店長であるシェーナおばさんの圧におびえるエリには悪いが、そろそろ帰らなければ――そっと席をたち、お代を机に置く。
「おばさんごめんね、そろそろ帰るわ」
「リアラはいいわよ」
「またくるね」
「いつでもいらっしゃい、月菓子を焼いて待ってるわね」
――夜の使者。
帰り道を急ぎながら、リアラは月に視線を向ける。
きっと彼は――もうすぐ目覚める。
耳に聴こえるのは。
心に響くのは。
儚く昏い鐘の音と――彼の音。
「リアラ」
お題《つまらないことでも》
灰色の日々が希望に変わってゆく。
失ったものもいつか、新しい翼をえて――。
動かなかったオルゴールが青年の手の中から、息を吹き返す。幻想花を降らせ、どこに隠れていたのか、木々の葉から、水辺から、精霊たちが出てきて曲調に合わせておどりだす。
「このオルゴールはつまらないものじゃないだろ、ほらちゃーんと生きて動いてるじゃねーか」
母から「魔法の宝箱よ」なんて言われて、手にした古いオルゴール。どんなに調べても、なんの変哲もない――だから森に捨てようとしてたら、現れたのがどこにでもいるようないい兄風の青年だった。
「お兄ちゃんは魔法使い?!」
瞳にたくさんの星を降らせた少女に、青年は屈託のない笑顔で答える。
「そうかもな」
この日があったから。
今も私は、魔法の宝箱を大切にしている。
そして《つまらなさそうにしている少女》に、私はあの日の物語を語るのだ。そして少女の瞳は、あの日の私のようにたくさんの星を降らせて。
「すごいね、お兄ちゃんは魔法使いなの?」