椿灯夏《少しずつ削除します》

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8/8/2022, 11:24:10 AM

お題《蝶よ花よ》



神から見捨てられた地で。




神から捨てられた地に光は宿らない。


くすんだ、枯れ果てた大地で、命は生きられない。




「俺といかないか」



薄汚れた私に手を差し伸べる青年。


かみ……さま……?



光の宿らないこの地に、月灯りがさしこむ。


立派な白い翼――それは天からの使いの証。鉱石の青を想わせる瞳が、静かにこちらを見つめている。



瓦礫に埋もれたこの場所で。


私は、その手をとった。





それから時は流れ――。



「セシル、庭のオボロの実たくさん収穫した」

「よし。じゃあ今日はノーマの好きなオボロのパイでも焼くか、手伝ってくれるか?」

「う、うん」



私は神の箱庭でセシルと暮らしている。


セシルからたくさんの愛情と優しさを注がれて育てられ、今はちいさなお茶屋さんをセシルと一緒に、辺境の地で開いている。




「いらっしゃいませ。ここはあなたの帰る場所。いつでも来てね」




月灯りの蜜とまほろの葉を浮かべたお茶で、今日もあなたを出迎えます。




8/7/2022, 11:48:47 AM

お題《最初から決まっていた》


黄昏に抗い、暁に消える。


そう運命づけられた命だったとしても。


おれは。


おれだけは。


君の――理解者でいよう。



「みてみて!竜の仔拾った!」

「猫を拾ったみたいな感覚で、言われてもだな……」

「一緒に育てない? ハクはえらい立場の人間だから、なんとかなるでしょ」

「どう考えたらそうなるんだ」



相変わらず突拍子もないことを言う。


もしここで断ったとしても、絶対あきらめることのない性格である事を知っている。――あきらめが悪いんだよな、本当に。


おれと一緒にくるのは、どんなに危ないと言っても絶対ついてくってきかないし……思わず頬が緩んでしまう。


「この仔、名前なにがいいかな〜? メシアとかどうかな?」

「“救世主”か。でもまたどうして?」

「ハクの部屋で、読んだ本に出てきたんだ!」

「ああ――昔兄さんが買ってくれたはじめての……」




《――僕からすべて奪った。だから僕も、そうするよ》





愛しい彼女の声が、遠く遠く聞こえた。



8/6/2022, 11:33:00 AM

お題《太陽》



太陽の楽園と月の楽園。


ふたつの楽園に古からある伝承。




――楽園が夢に沈むとき。


異世界の月から少女来たる。


神の娘と王が真実の楽園に近づきしとき、青の楽園よみがえらん。




ふたりの王との邂逅。



「伝承なんてくだらん。そんなもの興味ない」


太陽の王はそう吐き捨て。



「おまえが無事ならいい」


月の王の優しさに触れ。



「はやく花とおなり」


謎の青年?にふりまわされ。




「どこで、まちがえたのかなあ」


彷徨う異世界の少女。




これは楽園の幻想物語――。






8/5/2022, 11:34:42 AM

お題《鐘の音》


月鐘の町。


ここの町の心臓は、空にある大きな月。夜になると、人々は祈りを捧げる。その祈りがたまると――月鐘が鳴る。そして、夜の使者が町へくる、とか。


まるでお伽噺のような、でも真実(ほんとう)の話。






「ねぇリアラ、夜の使者ってどんな人だと思う? やっぱり相場はイケメンよね?」


「うーん。私はイケメンじゃなくてもいいと思うけれど……」


「ええ? 夢なーい! それじゃあ一生リアラは祈って終わる人生なの!?」



カフェでそんな大きな声を出さないでほしい、しかも祈ることをそんな風に言ったら――リアラが口に出すより先に、ずんずんと大きな足音が近づいてきて、リアラたちの席で立ち止まる。


「あらあ、エリちゃん。今日はもう暇だから、これから一緒に月鐘について勉強し直しましょうねえ」


カフェの店長であるシェーナおばさんの圧におびえるエリには悪いが、そろそろ帰らなければ――そっと席をたち、お代を机に置く。


「おばさんごめんね、そろそろ帰るわ」

「リアラはいいわよ」

「またくるね」

「いつでもいらっしゃい、月菓子を焼いて待ってるわね」




――夜の使者。


帰り道を急ぎながら、リアラは月に視線を向ける。


きっと彼は――もうすぐ目覚める。




耳に聴こえるのは。


心に響くのは。



儚く昏い鐘の音と――彼の音。




「リアラ」



8/4/2022, 11:14:09 AM

お題《つまらないことでも》



灰色の日々が希望に変わってゆく。


失ったものもいつか、新しい翼をえて――。




動かなかったオルゴールが青年の手の中から、息を吹き返す。幻想花を降らせ、どこに隠れていたのか、木々の葉から、水辺から、精霊たちが出てきて曲調に合わせておどりだす。



「このオルゴールはつまらないものじゃないだろ、ほらちゃーんと生きて動いてるじゃねーか」



母から「魔法の宝箱よ」なんて言われて、手にした古いオルゴール。どんなに調べても、なんの変哲もない――だから森に捨てようとしてたら、現れたのがどこにでもいるようないい兄風の青年だった。



「お兄ちゃんは魔法使い?!」


瞳にたくさんの星を降らせた少女に、青年は屈託のない笑顔で答える。




「そうかもな」



この日があったから。


今も私は、魔法の宝箱を大切にしている。


そして《つまらなさそうにしている少女》に、私はあの日の物語を語るのだ。そして少女の瞳は、あの日の私のようにたくさんの星を降らせて。





「すごいね、お兄ちゃんは魔法使いなの?」



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